医療の価値

 加齢とともに、年相応の症状に不自由を感じるようになってきた。

それで、医師の診察を受けるのだが、何か違う。

1 数年前、山行中に両膝の激痛に襲われた。這うようにして何とか帰宅し翌日受診したら、X線と触診問診で、「年のせいですよ」変形性膝関節症との診断。湿布薬、痛み止めの飲み薬と塗り薬を処方された。

2 先日来、日常的に耳詰まりが続き、鬱陶しく声が聞きづらいので耳鼻科を受診。2時間近く待った後、「聴力が落ちている。なぜ、もっと早く来なかった。」とお叱りを受け、いろいろな検査を受け薬を塗ったり、吸入の処置を受けた。しかし、耳詰まりは治らない。

1では、痛みよりも、どうしたら、山歩きを続けられるか、症状の進行を遅らせることができるのか。それを聞きたかった。先の見通しがあれば、一時的な痛みなら我慢できる。しかし、逆の処置は不安が募るだけだ。結局、山の仲間に聞いた経験談から、ダブルストック、サポートタイツで膝への負荷の軽減を図るとともに、足の筋肉強化トレーニングにより、山歩きを続けられるようになった。

2では、それ以来受診していない。定年退職、不慣れな新しい仕事への転身という身の回りの変化が一番の理由だ。しかし、2時間近くの待ち時間、数千円の自己負担、叱られるだけで自覚症状については何ら改善が見られない状態で、「まっ、いいか」という気分になっているのも事実だ。

 医師は医療の専門家だから、それぞれの病態について予後の見通しはついているだろう。加齢に伴う症状は効果的な治療法も少ないことも承知している。自動車なら、毎年車検の段階も過ぎてとうに廃車になっているような年齢だ。診療単価が安く改善の見込みがないのなら、口うるさい高齢者は通院を諦めさせた方が、経営的にはプラスだろう。

 しかし、少しでもQOLを改善しようと通院する身にとって、それは悲しい。

 医療の価値とは、病気やけがを治すことにあるのは勿論だが、それに伴う、様々な不都合を少しでも軽減することにもある。
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by taketombow | 2010-05-21 10:07 | 雑感  

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