児童虐待防止月間

先日、CAPNA(子どもの虐待防止ネットワーク・あいち)バザーに参加した。
バザーといっても、活動資金を集めるための大々的なものではない。多分(これは私の勝手な推測だが)事務局ボランティア・会員相互の親睦を深めることを主目的に、組織のささやかなPRを兼ねたものだと思う。
 会場は名古屋駅西の「ノリタケの森」、好天に恵まれ絶好のバザー日よりだった。赤煉瓦の前、緑の芝生、木立と舞台もよく、一般には殆どPRらしいことはしていなかったが、会員、観光客、ご近所等多数の方々が来てくださり、昼過ぎには大部分のものが売れてしまった。
 宮仕えの身なので、平日(夜も含めて)の活動にはなかなか参加しにくい。少々の会費を負担するだけで済ましているので、常に肩身の狭い、心苦しい気持ちを持っている。だから、今回のような休日の活動はありがたい。どなたも気さくで温かい雰囲気をもった方ばかりで、このような方々の下支えでCAPNA(子どもの虐待防止ネットワーク・あいち)の活動が成り立っていることを肌で感じた。

さて、今月は児童虐待防止月間になっている。

なぜ、今月がそうなっているのか、本当の理由は知らない。しかし、秋から冬にかけては家庭の窓が閉め切りになり子どもの声が聞こえにくくなる。地域の様子に気を配ることを呼びかける意味でも適切かも知れない。

「虐待を発見したら関係機関に通報する」
これは、法に定められた国民の義務である。

法で定められた「義務」はこれだけだが、本当に必要なことは、これから始まる。「通告」はその一歩に過ぎない。

通告を受けて関係機関が動く。必要に応じ児相等に一時収容する。現行法ではここまでなのだ。あくまでも「一時収容」だ。親を指導して関係を修復し、家庭復帰させる。

問題はその後だ。

最初からやり直そうと、強い決心で再び子育てに臨んでも、本人だけの努力には限りがある。地域の、決して目立ってはならないが強力な支えが必要なのだ。それがなければ、只口うるさいだけの隣近所にしか過ぎない。余所へ転居していくだけだ。それは、問題解決ではなく、地域にとっての、単なる厄介払いに過ぎない。問題は潜在化していく。

ある意味では深刻化だ。

虐待される子どもは勿論のこと、虐待してしまう親も、有る意味では被害者なのだ。糾弾するだけでなく、その泥沼からはい上がるための救いの手が必要なのである。

これは行政だけでできる仕事ではない。地域に住む私たちの責務でもあると思う。
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by taketombow | 2005-11-25 22:42 | 雑感  

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