ホームレスの生きる「権利」と納税者の「権利」

 ホームレスを巡って最近幾つか話題になった。
公園に住むホームレスに住民登録が認められた一方で、公園で生活するホームレスの住居を撤去するための強制代執行が行われたことも聞く。

 この寒空の下、公園等で野宿せざるを得ない人々には、述べるべく言葉もない。
 「人間的な生活をする権利」を憲法は保証している。実態として彼らにはそれが保証されていない。
 行政は直ちに彼らを収容し最低限度の生活を保障する義務がある。寝食を保証して自立への支援をすべきだし、自立が不可能な人に対しては福祉の手をさしのべるべきである。
 それでやっと「人間的な生活をする権利」が保証されたと言える。

 しかし、公園を占拠し近隣の子どもたちが遊ぶことを妨げる権利は無いはずだ。
 公園の水を使って炊事をしたり、身体を洗ったりして生活のために使う権利も無いはずだ。
 以前、自販機のコンセントを抜いて携帯の充電した男が窃盗罪で捕まったことがある。公園の水なら良いのか。ホームレスなら何をしても許されるのか。許さなければいけないのか。

 都心の、繁華街の近くの公園は悉く彼らに占拠されている。ただでさえ少ない都心の公園ですら、子どもたちは遊べないのだ。職を得て働いている「納税者」やその子どもには、公園で遊ぶ権利はないのか。

 彼らが住居として占拠するのと、自動車の所有者が自己の駐車場として占拠するのとでは、どこが違うのだろうか。
 警察の対応が違うことは直ぐに予想が付く。(後者は即日検挙されるだろう)

 甚だ疑問に思う。

 希望する人は全員が入れ、手厚い自立への支援が受けられるシェルターをつくり、一方では公園等公共の空間を不法に占拠する人には厳然とした態度で臨んでも良いのではないかと思う。

 もし、それが不可能ならば、別の,子どもたちが安心して過ごせる遊んだりくつろいだりするためだけの公園を整備すべきではないだろうか。

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by taketombow | 2006-02-08 22:03 | ニースに接して  

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