子どもの安全を守るには

 子どもの安全を確実に守るには、保護者が学校へ送迎するしかないだろう。

地域の人や、同級生の親に頼んでも100パーセント安心はできないからだ。

 滋賀県長浜市の事件は同級生の親だったし、今回の秋田県藤里町の事例も、被害者に極めて近い位置にいる人物が犯人の可能性が高い。

外国にあるように、スクールバスという方法もあるが、予算削減の折、現実的とは言えない。

では、なぜそんなに隣人が信頼できなくなったのだろうか。

<"くれない"症候群> 自分では他人のためや公共のために動くことは拒否するが、自分の不利益には極めて敏感で、少しでも他人に比べて自分が不利益を被ると、声高に是正を要求する。曰く、「私には○○をして"くれない"」

「私は毎日仕事で忙しいから、子どもの登下校の安全は見てあげたくても見てあげられない。高齢者は暇だから、見守りは地域の高齢者にお願いができないだろうか。地域の子どもは地域で見守ってくれても良いのではないか」

と、地域の方々にお願いをする。ここまでは良い。

で、地域で資源回収、道路清掃をするときは、
「そんなことは当然のこととして行政がすべきだ。」

地域で盆踊りや運動会をするときは、
「たまの日曜日だから」
と家族旅行にでかけ、不参加。

自分に子供会の世話をする役員の順番が回ってくると
「子どももいろいろ忙しくなってきたから」
と、子どもを子供会から脱退させてしまう。"PTA役員を"との依頼にも同じ態度。

こんな、家庭が増えつつあるような気がしてならない。

このような住民が増え、大多数を占めたとき、私達の地域社会はどうなるのだろうか。
今増えつつある事件も、地域社会の崩壊が原因の一つになっているような気がしてならない。

安全対策、安全グッズも必要だ。充実した方が良いだろう。しかし、所詮それは対症療法でしか過ぎないし、住民相互の監視は無理だ。
GPSやキッズケータイは抑止力として、或いは発生後の被害者発見には威力を発揮するだろう。だが、殺人は数分で終わる。警報を発してから駆けつけても間に合わない。リアルタイムで助けることはできないのだ。

発生してからは何をしても手遅れだ。犯罪が発生しない地域・環境を作るしかないのだ。

安全対策として、ケータイの所持を許可する学校が増えていると聞く。「安全確保」を錦の御旗にした、保護者の強い要求に抗いきれなかったのだ。

子どもの所在を簡単に知ることができるので何とかケータイを持たせたい保護者、ケータイを持ちたい子ども、ケータイを子どもたちに売り込み通話料で利益をもくろむ電話会社、この3者の利益が一致したのだ。

 かくして、下位大学・高校、一部の荒れた中学の教室と同様、一部の小学校では授業中にケータイの賑やかな着信音やメール作成のピーピー音が鳴り響く教室が増え、教師はケータイに起因するトラブルの処理に追われる。

そして、子どもたちの学力は更に着実に落ちていく。

自分で動くことが必要だ。人や、機器だけに頼ったりしていてはいけないのだ。

対処方法は二つある。

短期的には   保護者自身の努力(極力送迎)

長期的には   地域社会の再生(顔の分かる関係を)

即効薬はない、時間はかかるが、これしかないと思う。

Excite エキサイト : 社会ニュース
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by taketombow | 2006-05-21 00:53 | ニースに接して  

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