自殺の連鎖を断ち切る

 北海道、福岡、岐阜と「いじめ」による自殺が続いている。

「いじめ」は犯罪である。

 だから「いじめ」を正当化するつもりは毛頭無いが、学校から根絶するのは至難の業だと思う。外国の事は知らないが、少なくとも日本では「いじめ」は社会の病理だからだ。地域社会、会社等の至る所で、罵倒、中傷、無視、仲間はずれ、当てこすり、皮肉は日常茶飯事起きている。それは、正社員、派遣社員、パート社員を問わないし、性別、年齢、学歴、職業をも問わない。

 れっきとした大人が、それなりの社会的地位、収入、学歴、思慮分別、人生経験がある筈の人間でさえもしてしまうのである。

 ましてや、まだ人格として未完成で思慮分別が足りない子どもたちが、しないで済む筈がない。

「あってはならない」ことだが「あって当然」のことでもある。

 だから、今学校に問われているのは、この「いじめ」の早期発見と、迅速的確な対処だと思う。それが出来なかったため、今回のような悲惨な結末となっとしまったのだ。

 社会全体で「いじめ」をなくすべく努力すべきなのに、私たちの社会は、「いじめ」を根絶するどころか国民が総力を挙げて、「推奨」「奨励」「激励」「増幅」「推進」の方向に舵を取り邁進している。

その一つの例が、テレビ等のマスコミの姿勢だ。

ゴールデンタイムのテレビ番組を見ると、その中心はパラエティーの番組だ。その「笑い」の中心は何だろうか。

1 若手芸人や新人タレントに、怖いもの、厭なこと、恥ずかしいことをやらせて、困った顔、泣き顔、当惑顔を見て笑う
2 料理をさせて、その下手さ加減、無知をこき下ろし笑う。
3 クイズをさせて、分からなかったらバカ呼ばわりして、その無知を笑う。
4 相手の身体的特長を嘲り、ブス、デブ、キモイ、キモチワルイ等の言葉で罵る。

 いずれも、学校で起きたら真っ先にマスコミが取り挙げ、批判を連発することだ。
 それを平気で番組にし、公共の電波で流している。家庭は家庭で、それらの低俗な番組にチャンネルを合わせている。
 子どもたちは、タレントがタレントをいじめ困らせ、泣かせ、馬鹿にし、笑いものにしている光景を家族と共に視聴し、虐めること、馬鹿にすることの快感を味わい育っていく。
 
 同じ事が自分の子に起きたら、血相を変えて怒り狂う筈なのにだ。このような番組を日常的に見て育った子どもたちは全く影響がないと本当に思っているのだろうか。

 「心の教育を!」と主張するのなら、まずこのような番組の制作、放映、提供、視聴を止めるべきだ。一方で、その原因を垂れ流ししていながら、その責任を学校だけに求めるのは余りにも無責任ではないだろうか。
 このような番組を制作・視聴することが「いじめ」を減らすために効果があるとでも思っているのだろうか。私たちのこの鈍感さ、無責任さは一体何だろうか。

 学校教育が必死になって指導し育てているものを、手当たり次第ぶち壊しにするような番組を垂れ流しにして、学校に係わる事件の悲惨な結果だけをのうのうとしゃあしゃあと批判している。

この、鉄面皮、無神経、鈍感、節操のなさ、恥知らずには到底ついて行けない。

かように、「いじめ根絶」は至難の業である。


しかし、今すぐしなければならないことがある。
現在続いている「自殺の連鎖」を食い止めることだ。何十年か前、歌手の「岡田有希子」が投身自殺したとき、若者の自殺が各地で相次いだ。自殺には心理的感染性があるようだ。放置しておくと、まだまだ自殺は続く。

 家庭や学校で、一人一人に

1 とても気にかけている
2 大切に思っている
3 生きていてくれることだけでも、とてもうれしい

ていうメッセージを伝えることが必要だ。これは今すぐにでも、誰にでもできることだ。

「いじめ」に苦しみ悩むだけでも重く悲しいことだ。更に、自ら命を絶ってしまうのでは、余りにも悲しいし、辛い。

何よりも本人がだが、周りの者にとってもだ。

「いじめゼロ ホットライン・・・対処療法ですよね」
連鎖自殺を防止せよ
いじめと報道を考える
所詮、理解できない人間は
負の連鎖・自殺の連鎖
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by taketombow | 2006-11-01 23:34 | 雑感  

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