なぜ落ちた?(その2) やはり納得がいかない。

 先の小学生転落死亡事故で、マイクロバスの運転手が逮捕された。

 結果から鑑みて、それは納得できる。

 しかし、その理由が「自動ドアをオート”手で開けられない”モードにしなかったからだという」この部分に納得がいかない。走行中の自動車ドアをロックすることについては、走行時の乗員安全、緊急時の救出等の立場から様々な考えがあり、コンセンサスは得られていない。国によってはドアロックをすると万一の場合に救出できないのでロックをしないのが基本となっている国もある。我が国の道交法上にもドアロックの義務は明記されていない。

 彼の最大の過失は果たしてそのことだったのだろうか。

 私は彼の過失は、そのことではないと考える。

 彼はマイクロバスの運転手である前に、サッカーチームのコーチである。そして、そのコーチである前に、子ども達を守るべき大人の一員である。

 そのことから考えてみたい。

 子ども達が、マイクロバスの中で騒いだり、席を離れて走り回ったりしているのを見て、大人はどのような態度をとるべきだろうか。しかも、その子ども達が見知らぬ子ども達ではなく、自分が監督するサッカーチームのメンバーだったら。
 乗り合いバスの中だったら、見知らぬ大人でも注意をする筈だ。このマイクロバスの中ではどうだったのか。どのような状況だったのだろうか。運転をしていたコーチは、それに対してどのような指導・注意をしたのだろうか。
コーチは注意をしなかったのか。それともコーチの注意にも子ども達は言うことを聞かず、コントロールできない状態だったのだろうか。
 全てがあっという間に起きてしまったのだろうか。

 コーチは厳しく指導すべきだった。もともとマイクロバスに乗るときのルールは無く、普段からやりたい放題だとしたら問題外だが、車内のルールは守らせるべきだった。

 コーチが罪を問われるとしたら、道路交通法違反でなく、業務上過失致死であるべきなのだ。

 また、車内で何が起きたのかについても、一人一人に詳しく事情聴取をし明らかにすべきだ。子ども達の心の中に不可解なものを残してはならない。コーチ一人だけに罪を被せ蓋をするのでなく、全てを解明し、子ども達の心の重荷を解放してあげるべきだ。うやむやにすると、子ども達の心にトラウマとして長く残ってしまうことだろう。

 もちろん、子ども達の罪を問うとか、詳細を公表せよと言うつもりは毛頭ない。

<追記2008.01.03 20:25>
 この事故が、家族旅行の際に、保護者の運転中に起きたと仮定しよう(希にこのような事故も耳にするが)。
 現象的には明らかなネグレクト(保護者の保護義務放棄)であるが、運転手は逮捕されただろうか。逮捕されるどころか、一昔前までは「子どもを亡くした可哀想な遺族」扱いだったはずだ。
 道路交通法のどこにも、親子・親族・他人を区別する条文は存在しない。

J-CASTニュース
ドアロックかけず小5転落死 「逮捕はおかしい」との声
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by taketombow | 2008-01-03 19:43 | ニースに接して  

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