私たちに彼女を非難する資格はあるか? 福岡小一殺人事件

Excite エキサイト : 社会ニュース  福岡の小1男児殺害で母親逮捕 「育児に悩んでいた」 ・・・の小学1年富石弘輝君(6)が殺害された事件で、福岡県警捜査本部は22日、殺人と死体遺棄の疑いで弘輝君の母親の薫容疑者(35)を逮捕した。調べに対し、薫容疑者は弘輝君の首を絞めて殺害したことを認め「育児に悩んでいた。自分の病気のこともあり将来を悲観し、子どもを殺して自分も死のうと思った」などと供述。・・・・。
Excite エキサイト : 社会ニュース <福岡小1殺害>女子トイレで襲う? 弘輝君の足跡複数発見 ・・・弘輝君は18日午後3時15分ごろ、母親と一緒に公園を訪れ、トイレから約20メートル離れたアスレチックコーナーの大型遊具で遊んでいた。同3時半ごろ、母親がトイレに行き、戻るまでの2、3分の間に弘輝君の姿が見えなくなっていたという。母親は周囲にいた人と、雑木林やトイレなどを捜索し・・・・。

 この母親を弁護するつもりはない。いかなる理由でも、人を、しかも我が子を殺すことを正当化できる理由は存在しないし、あってはならない。

 障碍をもっている子どもやその親たちは、みな生き難さ育て難さに悩んでいる。苦しみ涙した経験は数限りなくある。しかし、それでも必死に生きている。

 この母親の行為は一人の人間、親としてだけではなく、障碍を抱え社会の無理解・偏見に耐えながら必死に生きている障碍者と、その方達を支える家族達への裏切り行為でもあるのだ。

 この母親を、「鬼母」「悪魔」等々言葉の限りに非難し罵るのは至極簡単なことだ。
現実にこのような事件が起きる度に、犯人を言葉の限りに罵り罵倒する声は少なくない。

 しかし、それだけで良いのだろうか。殺人を犯した母親を罵倒するだけで事件の再発は防げるのだろうか。

 私たちの社会は、この母親、弘輝くん、そしてこの家庭を十分にサポートできていたのだろうか。

 子育てはとても楽しく、やり甲斐のある事業だ。

 でも、それは一通り育て終えてから過去を振り返ってみて初めて言えること。その最中は凄まじい戦場なのだ。何ら障碍を持たなくてもそれ位だから、何らかの障碍があればその困難さは数十倍にもなるだろう。そこへ家族親族の無理解・非難が加わり、周囲の中傷・批判があったとしたら・・・・・。

 それに今回の場合は自分の病気の悩みもあったという。

 地域の民生委員、児童委員、保健所、通っていた学校、児童相談所、療育センターはどのように関わっていたのであろうか。なぜ、救うことができなかったのだろうか。

 学校はなぜこの母親が抱えていた問題を早くキャッチし、しかるべき相談(療育)機関へ取り次ぐ事ができなかったのだろうか。同じクラスの保護者やPTAの組織は何故、その悩みに気付き話を聞いてあげる関係を築きあげることができなかったのだろうか。それとも、ことあるごとに吊し上げだけをしていたのだろうか。
 障碍をもっていると理解力もゆっくりの場合も多い。感情の表現も乏しく、罪の意識もない(分からない)場合も少なくない。それを「親の躾」とだけ非難されても、途方に暮れてしまう場合も少なくない。

 困難は子育て時期だけではない。本当の困難は学齢期が終わってからやってくる。

障碍が軽ければ、就職の道がある。就職できなくても運良く、授産所、作業所などに入れればよい。障碍が重くてそれもできなかったら、家庭以外に居場所がないのだ。

 休日には、相当な年をした発達障碍や知的障碍と思われる方々が、彼らよりも更に年を召した父親や母親と思われる人と地下鉄やバスなどに乗っている姿をよく見かける。これは、日曜日や祝日には彼らが通っている授産所や作業所が休みなので、彼らを預かってくださる場所がないことも理由の一つだ。急に奇声を上げたり、車内を走ったりする姿を、私たちはどのような態度で見ているだろうか。
 好奇の目で眺めたり、面白がってバカにしたり、じろじろ見たり、付き添いの年老いた母親に非難のまなざしを向けたりしていないだろうか。

 「自分の子だから親が何とかしろ」 と、

それらの視線は無言でそう語っている。しかし、障碍を持って生まれてきたのは、その殆どは、親の責任ではない。ましてや本人の責任でもないのだ。

 私たちの社会が反省すべき事は大きい。


明日もHard & Loose : 子供を殺すな!
 この方は私とは考えが異なる。トラックバック、コメントともに受け付けているので、トラックバックしたのだが、私のトラックバックは"可及的速やかに"削除された。調べてみるとURL指定でコメント、トラックバック共にブロック(拒否)されているようだ。嫌われてしまったようだ。
勝手気ままに、思いつき日記 : 自分の子供を・・・
 この方も私と異なる考えを示している。だが、コメント、トラックバックは受け付けていないので、結局、言いたいことだけの言いっ放しか。

BLOGの利点は異なる意見のキャッチボールから、議論を深めていくところにあるのだが・・。
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by taketombow | 2008-09-23 13:35 | ニースに接して  

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