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腹を括る

韓国・延坪島で民間人2遺体 砲撃で初、死者4人に 国際総合 - エキサイトニュース

 今回の韓国政府の対応を見て、改めて、日本と韓国とは近い国だなと思った。

 準備が甘い。反応が遅い。対応が鈍い。

などという、対応の拙さが、管政権の尖閣問題対応と瓜二つなのだ。

 何も直ぐ交戦せよと言うのではない。しかし、自分がどの様な立場で、どのように考えているのかを、アピールする強いメッセージは絶対に必要だ。
 何よりも相手国にそして自国民、更に国際社会にも。

それがないため、相手に舐められ切っている。

それが出来ない指導者ばかり選出してきた、私たち国民は今、「不安」という代償を支払っている。
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by taketombow | 2010-11-24 19:43 | ニースに接して  

小学校の水泳指導、野外活動へバウチャー制の導入を!

<中教審>小中の学級編成基準引き下げなどを提言 分科会

現在、この答申通りに実施するには相当な困難がある。まず、財政状況が許さないだろう。予算的に、文科省だけを突出して優遇する訳にはいくまい。
しかし、文科省内部での調整ならそれも容易だ。
あとは、既成概念をどこまで振り払うことができるかだけだ。果たして今の政府にできるだろうか?

私は、現職時代、以下のような疑問を常に持っていた。

1 学校教育に水泳はどうしても必要か?
2 必須としても、プールを各学校に設置しなければ、子どもは水泳を学べないか。
3 水泳は、学校の担任教師が指導しなければならないことか。

4 野外活動は学校教育の中で実施しなければならないことか。
5 個別参加でなく、学級、学年単位の参加でなければならない理由はあるのか。

そして、出した結論が

① 小学校プールの廃止或いは温水化&地域運営
② 学校単位の野外活動の廃止

勿論、水泳指導や野外活動を止めるのではない。現行教育課程に定めた時間数分の利用券(バウチャー)を配布し、それを使って認定スイミングで学ぶのだ。子どもは好きな時間・場所に学ぶことができ、学校はその10時間分を他の教科の学習に使うことができる。更に、スイミングクラブを中心に内需拡大効果も期待できる。
 これによって、私の試算では、全国で約1兆数千億円節約できる。(粗忽者の私のことだ。桁違いや大きな計算間違い有るかもしれない。そのときはご指摘戴きたい) 

試算の積算根拠は後述。

 野外活動にしても、中規模以上の都市では、それぞれ個別の野外活動施設をもっているが、その維持に四苦八苦している。運営を外部委託するなどしてやりくりしているが、公費の補填でなんとかまかなっている状態だろう。学校、学級単位での実施にこだわらなければ、施設は必要ない。民間の野外活動プログラムに参加させ、それを一定の単位として認定すればよい。子どもたちは、学校から完全に離れ、他の学校学年の見知らぬ友との新しい出会いの中で、様々な可能性を見つけていくだろう。
 ある、一定額をバウチャーとして支給し、一部の自己負担金を上乗せして参加できるよう、一定の要件に合致したプログラムを認定すればよい。
 こちらの方は、委託費用が分からないので、削減額は算定不能。

 これらによって、6年間で約80時間の授業時間が新たに生み出され、教師負担も大幅に軽減される。

積算根拠はこうだ。
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by taketombow | 2010-07-13 11:53 | ニースに接して  

今日のTwitter(ツィッター)

実感。世界は今も動いている。

DaisukeYamazaki 先日、外語大の学生と話していて気付いた。学習指導要綱とか見てみると、中高で800時間強の英語の授業を受けてる。これって起きている時間ベースで言うと、2ヶ月くらい英語を浴びている計算。でもほとんどの人は英語が使えない現実・・・。留学の方がよっぽど使える英語が見につく。

DaisukeYamazaki そんなことを言っている自分は、留学経験は無く、中高英語の授業は全て爆睡。でも今、一応英語を仕事で使ってる。やっぱり必要に迫られないと人間はやらないんだと思う。そういう意味では、中高生を全員国費で必要に迫られる環境に留学させるくらいの方が、コストパフォーマンスはいい気がする

ktsujino 優れた才能がグローバルに活躍できる場が日本には少な過ぎるのがGに人材が集まる一つの理由。このままでは駄目だ。

ktsujino SとGの提携が自分の退任後に発表されるのが皮肉w 上手く行くことを心から願うが、今のSはGについて行けるかが問題。本来は、SがGを仕切るくらいでないと日本人的にはつまらないが、decisionとactionのスピードがあまりにも違い過ぎる。

iwakamiyasumi 続き。その防衛省関係者は、こうも語った。「北朝鮮のミサイル発射準備の情報が、少し前から出ているため、沖縄の嘉手納基地に情報を収集するコブラボールが飛来してきているが、ミサイルが着弾でもしないかぎり、これ以上拡大することはない」と。

iwakamiyasumi 続き。岡田大臣の会見で、釈然としなかった点がいくつかある。ひとつは、以前の会見で、「もし事故でなかったら、六カ国協議が吹っ飛ぶ」と口にした真意。はっきりとした見通しは語られなかった。

iwakamiyasumi 続き。もう一点は、北朝鮮のテロ支援国家再指定に関して。実は米下院の外交委員会の、中東小委員会が、ハマスやヒズボラに北朝鮮からミサイルやロケット砲などの武器が供給されているというイスラエル外相の非難に基づき、北朝鮮を、テロ支援国家に再指定するように大統領に書簡を送った。

iwakamiyasumi 続き。中東の動きは、極東の動きに密接にからむはずだが、日本では、そうした広い視野で極東情勢を語る者が少ない。私は、朝、とくダネで、このポイントを指摘し、午後の外相会見で大臣にぶつけた。
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by taketombow | 2010-05-22 02:53 | ニースに接して  

結果が問題なのではない。真の課題は、それをどう生かすかだ。

 政権が過渡期にあるとき、通常、重要な施策(勿論緊要なものは例外だが)はひとまず様子見を決め込み、選挙結果に直接影響しそうなデータを行政側が出すこと控える。

 しかし、今週はこれが2つ続いた。
1 人事院勧告の完全実施の決定。
国家公務員給与、年15万円減 人事院勧告を完全実施
2 全国学力調査の結果発表。
学力テスト、上位県の固定化鮮明 09年度、文科省が結果公表

学力テストは何の為か

私はこれを、中央官僚が民主党側にすり寄ったと見た。民主党の支持母体同盟傘下の「官公労」にしてみれば、給与下げなんて呑めるはずがない。しかし、民主党政権として考えると、政権交代後に勧告無視の姿勢をとれば、労組に弱腰と叩かれるのは目に見えている。自民政権の間に決定すれば、自民党に責任転嫁できる。また、公務員給与を下げることは、財務省も自民党も異論はない。民主党は「官公労」に対し「政権末期のどさくさにやられてしまった」と言い訳すればよい。

 まっ、こんなもんだろう。

やっかいなのは2の「全国学力調査の結果発表。」だ。

「格差の固定化」「経済力と学力との間に相関関係がある」
これを投票日3日前に敢えて公表することに、どのような意図があるのだろうか。そして、それはどの政党に有利に働くのだろうか。

「経済力と学力との間に相関関係がある」これは地域間で見ても、個々の家庭で見てもはっきりしている。これは、誰でも知っており、薄々感づいていても敢えて言葉に出さなかっただけのことだ。
 全体の傾向としては、貧しい地域や家庭は、親の意識が低く基本的生活習慣の定着も不完全で満足な教育を受けられず低学力で低学歴に甘んじ、、社会の底辺層を形成する。経済的に恵まれている地域や家庭では、親の意識が高く、基本的生活習慣が定着しており豊かな教育を受け学力が高くなり、高学歴を得て、社会の中層から上層を形成する。
 
 問題はここからなのだ。貧しい人を更に貧しくし、生活困窮度を高めた後でこれらの現実を白日の下に晒した。そしてその後、政治はどうしたか。これからどうしようとしているのかだ。

根本は経済的な問題なのだ。

 教育困難地域・校に手厚い予算配慮をしたのだろうか、手厚い人員配置をしたのだろうか。財政難の折とはいえ、毎年数十%規模の教育予算削減をし、どこかの知事のように教育委員会批判、公務員批判の先頭に立ち与論を煽るだけで問題は解決するのだろうか。

 「とても子どもの教育どころではない」と言う状況の経済的困窮家庭への生活保護費、就学援助費の増額、基準の緩和、一人親家庭への援助の拡充等はなされたのだろうか。

 答えは全て「NO」だ。為されたことは全て逆のことだ。援助費の減額、規準の厳格化、廃止等が続いた。

 結局、この学力調査でなされたことは、経済的困難地域・家庭の保護者児童の劣等感を裏打ちし、上層への階層移動の希望を早期に諦めさせ、階層固定化の方向へと社会意識を誘導することだった。そして、「早寝、早起き、朝ご飯」が困難な家庭に手を差し伸べることなく、「自己責任」と罵倒することでしかなかった。

 家庭と学校を批判し、そちらに注意を引きつけておき、まんまと政治の責任から免れたのだ。

※ 最後に、あまり書かれないことだが、学力テスト日本一の秋田県だが、大学進学率は全国でも最下位クラスである。これは、秋田の子ども達の学力が高校になると低下するのではない。むしろ、平均よりも良いくらいだ。大学へ進学したくても、する学力があってもできないのだ。

 義務教育段階では、行政や教師家庭の頑張りで何とかなる。親が現在の生活を切り詰め塾やお稽古事の金は捻出できる。大学でも自宅通学なら子どももアルバイトをしながらできるかも知れない。しかし、遠隔地へ下宿するとなると話は別だ。国立大学でも月に20万の仕送りが必要だ。私学となれば更に額は嵩む。これを毎月楽に捻出できる家庭はそうは多くあるまい。また、県下に自宅通学可能な有力大学もそう多くないし、大学卒業後に働く仕事も少ない。大学進学を困難にする要素はあっても、進学へのモチベーションを高める要素は何一つ無いのだ。
 国や銀行の教育ローンという制度もある。しかし、就職状況が格段に厳しい現在、卒業後に就職できる保証は何一つ無い。就職し返済できなければ、卒業と同時に債務不履行のブラックリストに載り、新たなローンも組めず、クレジットカードも契約できなくなる。この経済的環境の中で「借りる」という選択はリスクが高すぎる。
 都会なら、学力があれば国立大学、更に経済的に恵まれていれば有力私大、学力に多少の不安があっても、その他の私大という選択肢がある。そして、それは自宅通学なら可能だ。学力テスト結果では下位グループに属するの大阪だが、大学進学率は高い。短大、専門学校をも含めればその数値は更に跳ね上がる。つまり、大都市圏の自宅通学可能範囲に住んでいれば、学力が無くても、ときには意欲さえもなくても、後期高等教育を受けることができる。
 しかし、地方居住者は、学力と意欲があっても、家庭に経済力がなければ、進学の道は閉ざされる
。遠隔地での下宿となると親も本人も大変だ。学費のほかに生活費がいる。それがネックとなって、学力も意欲もある若者達が、先の希望を絶たれているとしたら、個々の問題ではなく、国家的な大きな損失だ。
 貸付でなく給付形式の奨学金を、そして下宿代を含めたトータルな生活費までカバーする奨学金が必要だ。

 これが実現したら初めて秋田県は「学力全国一」になれる。もちろん、県や市レベルでできる施策ではない。国が考える事だ。

 何処に生まれたかで、若者の将来が制限されてはならない。

以下は文部科学省の実施した「平成20年度学校基本調査」のテータから割りだした大学進学率の推計値
 推計値というのは大学を4年制全日制の大学に限定したことと、その年の卒業生数が見当たらなかったので全日制の3年生の数値を使って算出したためだ。正確ではないが傾向は見て取れるだろう。

県名  大学進学者   高三男   高三女  大学進学率
北海道  16,319   24,446   23,626  33.95%
青森    4,800     6,961    6,633   35.31%
岩手    4,416    6,789   6,640   32.88%
宮城    8,975   10,745  10,498   42.25%
秋田    3,662    5,163   4,986   36.08%

山形    4,579    5,865   5,849   39.09%
福島    7,421   10,549   9,985   36.14%
茨城    12,573  13,534  12,956   47.46%
栃木     9,048   9,793   9,065   47.98%
群馬     8,162   8,816   8,376   47.48%

埼玉    26,6022  8,046  25,700   49.50%
千葉    21,986  23,627  22,792   47.36%
東京    57,063  47,880  49,327   58.70%
神奈川   32,094  30,135   29,874   53.48%
新潟     9,279  11,163   10,797   42.25%

富山     4,196   4,608   4,516   45.99%
石川     4,715   5,139   5,226   45.49%
福井     3,673   3,886   3,924   47.03%
山梨     4,400   4,586   4,169   50.26%
長野     7,984   9,875   9,659   40.87%

岐阜     9,105   9,559   9,223   48.48%
静岡    15,879  16,869  16,155   48.08%
愛知    30,854  29,865  29,776   51.73%
三重     7,547   8,513   8,255   45.01%
滋賀     5,756   6,381   6,141   45.97%

京都    12,921  11,199  11,475   56.99%
大阪    33,082  34,206  33,781   48.66%
兵庫    24,429  22,770  23,347   52.97%
奈良     5,967   6,222   6,017   48.75%
和歌山   4,200   4,982    4,923   42.40%

鳥取    1,843    2,942   2,859   31.77%
島根    2,534    3,574   3,355   36.57%
岡山    8,014    8,927   8,907   44.94%
広島   13,448   12,098  12,150   55.46%
山口    4,441    6,004   5,857   37.44%

徳島    3,358    3,601   3,507   47.24%
香川    3,823    4,336   4,343   44.05%
愛媛    6,059    6,386   6,061   48.68%
高知    2,439    3,432   3,581   34.78%
福岡   19,329   21,404  21,156   45.42%

佐賀    3,214    4,683   4,437   35.24%
長崎    5,364    7,305   7,291   36.75%
熊本    6,193    8,624   8,375   36.43%
大分    4,112    5,706   5,384   37.08%
宮崎    3,881    5,686   5,537   34.58%

鹿児島   5,283    8,746   8,940   29.87%
沖縄    4,969    7,792   7,715   32.04%


Excite エキサイト : 社会ニュース
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by taketombow | 2009-08-27 22:06 | ニースに接して  

「永遠の嘘をついてくれ」

 昨夜遅く、南アルプスから帰ってきた。3日間ずうっと雨で、良いところなしだったが、手応えだけはしっかりとある山行だった。
 体中疲労の塊の筈なのに、今朝も早くから目が醒めてしまい、仕方なく留守中の新聞に目を通していたら次の2本のニュースが目に留まった。
・酒井法子の薬物使用関連
・大原麗子の孤独死
 原則として、世の中の真実から目を背けるべきではない。でも、できれば知りたくなかった、間違いであってほしいと強く思う出来事も時にはある。ノリピーはいつまでもあのノリピーで、大原麗子は幾つになってもマドンナで居てほしかった。

 そこで、中島みゆきのこの曲。 「つま恋 2006」で拓郎と歌ったときのもの。
この曲(吉田拓郎の依頼で中島みゆきが提供したもの)の興味深いエピソードがここにある。
「永遠の嘘をついてくれ」作詞・作曲中島みゆき

だから何ね?!

※※ 勿論「(犯罪を)永遠に隠し通せば良かった」という意味ではない。私たちに「アイドル・マドンナ」という夢を「永遠に見せ続けて」ほしかったと言う意味である。彼女たちから人間の弱さ、哀しさは見せてほしくなかった。
 


More 歌詩も実に良い。
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by taketombow | 2009-08-08 11:29 | ニースに接して  

私たちに何ができるのだろうか?

また、小さな命が危機に瀕している。
児童虐待によってだ。

4歳虐待容疑で父逮捕 長男重体、名古屋

ニュースは数日でリンク切れになるので、ここに小さな文字でそっと引用しておく。

 名古屋市港区で男児が頭部や腹部にけがを負い意識不明の重体で病院に運ばれた事件で、港署は31日、長男(4つ)を虐待したとして、傷害の疑いで、父親の無職浅野隼也(じゅんや)容疑者(25)を逮捕した。
 逮捕容疑では、28日午後5時ごろから30日午後6時ごろ、同区知多のマンションの室内で、長男の顔や胸、腹などを何度も殴り、全身を足げりし、頭蓋(ずがい)内出血や右胸内出血などの大けがをさせたとされる。
 30日午後7時25分ごろ、同居する浅野容疑者の元妻(26)から、「子どもの意識がない」と119番通報があり、救急隊が駆けつけたところ、長男がぐったりとしていた。長男は市内の病院に運ばれたが、意識不明の重体。
 港署によると、意識不明となっているのは浅野容疑者と元妻の間の長男。元妻は事情聴取に対し、浅野容疑者が子ども部屋に長男を呼びに行ったが、その後、怒鳴り声が聞こえたため様子を見に行くと長男が倒れていたと説明している。元妻は体調不良で別の部屋で寝ていた。
 一家は浅野容疑者と前妻の女性、長男、長女(2つ)、現在の妻(19)の5人暮らし。港区によると、男児について、両親から自宅近くの市立保育園に入園希望が出されたが、今年3月に経済的理由で両親が取り下げ、男児は入園しなかった。
 調べに対し、浅野容疑者は「しつけとしてやった」と容疑を認めている。港署は長男の全身に打撲痕があり、古い傷あとも残っていることから、以前から虐待を受けていた可能性もあるとみて捜査している。
 現場のマンションは民家や集合住宅が立ち並ぶ住宅街にある。住民らによると浅野容疑者は近所との付き合いは少なかったという。


家庭の崩壊、経済的困難、夫婦関係の破綻等々、児童虐待のハイリスク要素はてんこ盛りだったのだが、児相は介入し助けることはできなかったし、民生委員、主任児童委員等による地域の見守りも機能しなかった。
 この家庭(と言える代物かどうかは別問題として)の異常な実態をどこまで、行政は掴んでいたのだろうか。法は、どこまで掴むことを可能にしていたのだろうか。
 無職の父、前妻とその子ども、現在の若い妻それらが同居する狭い空間。
このような環境で子どもたちは、どのように育っていくのだろうか。

 児相を責める気も、地域を批判する気も毛頭無い。勿論、この親(社会的にはそう呼ぶに値しないが、生物学的には紛れもなく"親"だ)を責める気力もない。

 ただ、胸の中を、深い悲しみと、鉛のような重く暗い澱のようなものが静かにうごめいているのを感じるだけだ。

 私たちの社会は、どうしたらこの子を救うことができたのだろうか。

批判や非難はもう沢山だ。(このような)親が駄目なことは分かり切っている。批判しても、厳罰化しても(このような事例の)根絶は極めて困難だろう。

私たちはどうすべきなのだろう。何をしたらよいのだろうか。

8月30日の投票に向けて、候補者たちはどのようなビジョンをもっているのだろうか。聞いてみたいものだ。

More 今週の読書ノート(~08月02日)
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by taketombow | 2009-07-31 22:39 | ニースに接して  

(続々)詳細を知りたい <体罰賠償訴訟>

 何らかの続報が出るのを待っていたが、判決以降ピタッと見かけなくなり、その間に、世は新型インフルエンザを巡る狂騒の只中にと突入していった。
 また、マスコミ報道は言うまでもなく、この事件を取りあげた多くのブログでは、「体罰」の「有無」「是非」を論じているが、私はこの母親が提訴にまで至った背景を考えてみたい。

 新聞報道、判決文と今まで知見をもとに、この事例を私なりの解釈をしてみる。得られた情報は極めて少ない。その上、警察・検察が間違え、裁判所が判断を誤る事があるのは、最近の足利事件の冤罪でも明らかだし、警察発表だけを鵜呑みにした大部分のマスコミ報道も当てにならないことはご承知の通りだ。それらをもとにし、残りの8割方は私の推論だ。
 あくまでも「このような可能性もある」と言う程度でご理解いただきたい。

 次の二つを前提条件とする。
1 この母親は子どもの教育に熱心な「ごく普通の母親である(であった)」とする。
「躾」らしい「躾」もしない「放任」の家庭であったり、最初から「経済的利益(金銭)」を目的とした、いわゆる「クレーマー(何かと言いがかりをつけて相手の右往左往する様を見て快感を得る)」だったりではないこと。
2 この児童(当時小2)は、当時「軽度発達障害」かそれに極めて近い傾向をもっていた、「自閉症スペクトラム」の範疇に入っていたこと。しかも、そのことを保護者は知らない(或いは受け容れない)し、学校も知ら(或いは保護者に知らせられない)なかったこと。

1 の根拠はこうだ。
 「放任」の家庭であったら、「訴訟」というような面倒なことはしないだろうし、金銭目当てなら、350万円という金額よりももっと現実的な取得可能な金額を請求するだろうし、高裁での勝訴段階で賠償金額が20万円に減額されたとき、それを不服として母親側からも上告している筈だ。地裁、高裁段階での上告は全て市教委側からなされている。提訴以降、母親側から積極的に争う姿勢は見られないのだ。
 PTSDまで持ち出し、訴訟費用が嵩むことをも顧みず、法外な金額を請求する姿には、「自己の規準から外れた物は決して許さない」という硬直した「生真面目」すぎる母親の姿が浮かんでくる。また、家庭環境の詳細は伝わってこないが、一人親家庭だとしたら、地域社会から孤立している、2人親家庭だとしたら、地域からの孤立に加えて、父親からも見放された寂しい母親像が伝わってくる。

2 の根拠は、小学校2年生としては、以下の部分の行動違和感を覚えるからだ。
 判決文によると、児童と当該教師とは面識がないという。
 なのに、
・A(当該教師)はだだをこねる3年生の男子をしゃがんでなだめていた。同所を通り掛かった被上告人(当時小2の当該児童)は,Aの背中に覆いかぶさるようにして肩をもんだ。Aが離れるように言っても,被上告人は肩をもむのをやめなかった。
 この部分から「自分の気持ち優先で、相手の気持ちを汲むことが苦手」という「自閉症スペクトラム」の特徴が見られる。
 さらに、
・その後,Aが職員室へ向かおうとしたところ,被上告人は,後ろからAのでん部付近を2回蹴って逃げ出した。
 のは、小2として通常よく見られる行動ではない。明らかに通常の域を脱している。自分の行動を制止されたため高ぶった感情を抑えることができなかったのだろう。

この背景を私はこのように推測する。

********************************************
児童は、何らかの発達障害をもっていた。
しかし、知的には殆ど問題がなかったので、保育園(幼稚園)時代は、単なる躾の問題だと親も教師もとらえていた。
 物を壊したり、他の園児に暴力を奮って怪我をさせても、躾のなっていないやっちゃ坊主、乱暴な子として、叱り、保護者に注意し保護者を指導していた。保護者はその度に、園に出向き謝罪し、相手の保護者に頭を下げることが繰り返されていた。
家庭でも、同様な問題行動が見られた。言葉で何度言っても、一向にに効き目がないので、家庭での躾はエスカレートし、怒鳴る、罵る、叩く等の体罰が日常的に行われるようになった。その結果、家庭での問題行動は減り、表面的には「よい子」になった。しかし、連日の体罰、罵声、罵り等の「マルトリートメント」(不適切な養育・一種の児童虐待)によって子どもの自尊感情はずたずたになり、「愛着障害」を発症していた。そして、家庭内では猫を被り大人しくしている分、外での問題行動は更にエスカレートしていった。
問題行動を起こし、学校へ度々呼びつけられ謝罪し、相手方の家庭で謝罪することが度重なった。学校で家庭での躾の不足を指導され、謝罪先家庭で親の責任を詰られ罵声を浴びせられることを繰り返す内に、母は親の心の中に次のような疑問が湧いてきた。
 「家ではこんなによい子なのに、外へ行くと度々問題を起こすのは何故なんだろうか。私の言うことはちゃんと聞く。それなのに、学校で先生の指導に従わないのは、先生の指導が悪いのだ。先生の指導力が欠けているのだ。それに、先生が家の子だけを特別視して差別するからもこのような行動を起こすのだ。それを見て他の子どもやその親が、家の子だけを差別しているんだ。」
 「家では、私の言うことをきちんとするし、手伝いも素直にする。悪いのは家の子ではないし、勿論私でもない。みんな、学校が悪いんだ。」

 その矢先に、あの事件が起きた。

 母親は、その思いを繰り返し執拗に学校へ訴えたが、自分の納得のいく回答は得られなかった。学校を懲らしめ子どもを守るために可能な限り高額の損害賠償裁判を提訴した。
******************************************

 仮に、「愛着障害」だとすれば、周囲が真摯に対処しない限り、その予後は余りにも暗い。

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「よい子」が人を殺す―なぜ「家庭内殺人」「無差別殺人」が続発するのか 尾木直樹・著 青灯社・刊 1,800+TAX円
「新潮45 2007,1月号」 懲役14年板橋両親惨殺爆破「十五歳少年」が彷徨う王国 新潮社・刊

「親の愛は、なぜ伝わらないのか!?」の中で、「国立生育医療センター・こころの診療部」の奥山眞紀子氏はこう言っている。

「愛というものは関係性の中で成り立つものですから、いくら親が『自分は子どもを愛している』と思っていても、それが子どもに伝わっていなければ、それは愛とは言えないんじゃないかと思います。『私』の中だけで存在する愛情は『愛』というものの大きさや質と似て非なるものではないかと・・・・・・」


「愛着障害」とその参考文献については、過去のエントリー
ADHDと愛着障害
 で触れているのでそちらも参照されたい。

※ ここで、強調しておきたいのは、「軽度発達障害」といわれる「ADHD」「アスペルガー症候群」「高機能自閉症」「LD」だから、このような事件を引きおこしたのではないことだ。むしろ、このようなハンディを抱えながら、周囲の理解と協力そして本人の努力によって、立派に社会参加どころか、見事な業績を上げている人は数多くいる。
 問題なのは、これらの障碍に気付か(事実を受け容れられ)ずに、子どもにマルトリートメントをすることによって「愛着障害」を引きおこしてしまい、それに適切な療育を受けられなかった場合なのだ。


子どもとその保護者への支援に関しては以下のような本が参考になる。

子ども虐待時代の新たな家族支援 ファミリーグルーブ・カンファレンスの可能性 林浩康・著 明石書店・刊 3,000+TAX円
虐待された子どもへの治療―精神保健、医療、法的対応から支援まで 精神保健、医療、法的対応から支援まで ロバート・M・リース・著 郭麗月・監/訳 明石書店・刊 6,800+TAX円
子育て支援と世代間伝達―母子相互作用と心のケア 渡辺久子・著 金剛出版・刊 3,200+TAX円
MINERAVA 福祉ライブラリー91 ヒューマンケアを考える さまざまな領域からみる子ども学 月形昭弘・著 ミネルヴァ書房・刊 2,400+TAX円
家族「外」家族 こどものSOSを診る医師たち 椎名篤子・著 集英社・刊 1,300+TAX円
子どもが育つ条件 -家族心理学から考える 柏木惠子・著 岩波書店・刊 740+TAX円
被虐待児の精神分析的心理療法  タビストック・クリニックのアプローチ メアリー・ボストン/ロレーヌ・スザー・編/著 平井正三/鵜飼奈津子/西村富士子・監/訳 金剛出版・刊 3,400+TAX円

「軽度発達障害」に限定すると
家族・支援者のための 発達障害サポートマニュアル 古荘純一・著 河出書房新社・刊 2,500+TAX円
ADHD?アスペルガー症候群のある子と親のためのポジティブライフガイド 自信と勇気を育む26章 石川真理子・著 明石書店・刊 2,000+TAX円
教師のための高機能広汎性発達障害・教育マニュアル あいち小児保健医療総合センター 杉山登志郎/大河内修/海野千畝子・著 少年写真新聞・刊 1,400+TAX円
発達障害のある子の困り感に寄り添う支援 -通常の学級に学ぶLD・ADHD・アスペの子どもへの手立て 佐藤曉・著 理論社・刊 1,800+TAX円
教室の中の気がかりな子 中村圭佐/氏家靖浩・著 朱鷺書房・刊 2,200+TAX円
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by taketombow | 2009-06-07 13:24 | ニースに接して  

(続)詳細を知りたい <体罰賠償訴訟>

最高裁の判決文が見つかった。
平成21(受)981
事件名    損害賠償請求事件
裁判年月日 平成21年04月28日
法廷名   最高裁判所第三小法廷
裁判種別  判決
結果     破棄自判

注 「破棄自判」とは、上告審で下級審の判決を破棄し、最高裁自ら判決を言い渡すことで、民事訴訟に置いては例外。多くの場合は、認定すべき事実が不足しているとして,「破棄差戻」となる。「事実を更に認定する必要がない」という言うことは、最高裁は判決文に書かれたこれらの事実は認めた上で、結論だけが違っていると判断をしたのだ。

 一部の家庭(だと思いたい)では、「しつけ」の名の下に、大声で怒鳴る、罵声を浴びせる、殴る、蹴る、張り倒す、戸外へ放り出す、食事を抜く、DVを目撃させる等々の体罰が日常的に行われている。毎日このような暴力に晒され、辛うじて生き延びてきた子どもたちが、教師の言葉だけの指導にそう簡単に従える筈がない。

 家庭では、大怪我をしない限り、相当な暴力も公認の「しつけ」とされてしまい、外部から救いの手を差し伸べにくい一方で、学校においては、例え、教師や児童への暴力、施設器物の損壊を防ぐためであっても、児童生徒への直接的な身体接触は、基本時には全て体罰とされてしまう。そして、原因となった児童・生徒の問題行動はさておき、教師の”体罰”だけがクローズアップされる。児童・生徒の人権を守るというのが基本的な目的なのだが、そう言う意味からも、教育現場での”体罰”は決して有ってはならないのだ。
 
 だから、家庭での体罰を根絶しない限り、現場の苦悩は続く。

しかし、この判決を巡って最も私の気に掛かったのは、体罰云々のことではない。
下の朝日の記事にもある「親と学校との信頼関係」だ。

なぜ、母親は告訴に踏み切ったのだろうか。(父親の存在は?)

判決文で確定した事実関係の概要は,次のとおりだ。

(1) 被上告人は,平成14年11月当時,本件小学校の2年生の男子であり,身長は約130㎝であった。Aは,その当時,本件小学校の教員として3年3組の担任を務めており,身長は約167㎝であった。Aは,被上告人とは面識がなかった。
(2) Aは,同月26日の1時限目終了後の休み時間に,本件小学校の校舎1階の廊下で,コンピューターをしたいとだだをこねる3年生の男子をしゃがんでなだめていた。
(3) 同所を通り掛かった被上告人は,Aの背中に覆いかぶさるようにして肩をもんだ。Aが離れるように言っても,被上告人は肩をもむのをやめなかったので,Aは,上半身をひねり,右手で被上告人を振りほどいた。
(4) そこに6年生の女子数人が通り掛かったところ,被上告人は,同級生の男子1名と共に,じゃれつくように同人らを蹴り始めた。Aは,これを制止し,このようなことをしてはいけないと注意した。
(5) その後,Aが職員室へ向かおうとしたところ,被上告人は,後ろからAのでん部付近を2回蹴って逃げ出した。
(6) Aは,これに立腹して被上告人を追い掛けて捕まえ,被上告人の胸元の洋服を右手でつかんで壁に押し当て,大声で「もう,すんなよ。」と叱った(以下,この行為を「本件行為」という。)。
(7) 被上告人は,同日午後10時ころ,自宅で大声で泣き始め,母親に対し,「眼鏡の先生から暴力をされた。」と訴えた。
(8) その後,被上告人には,夜中に泣き叫び,食欲が低下するなどの症状が現れ,通学にも支障を生ずるようになり,病院に通院して治療を受けるなどしたが,これらの症状はその後徐々に回復し,被上告人は,元気に学校生活を送り,家でも問題なく過ごすようになった。
(9) その間,被上告人の母親
は,長期にわたって,本件小学校の関係者等に対し,Aの本件行為について極めて激しい抗議行動を続けた。


事実認定を読む限り、当該児童への「適切な」指導は必須である。指導をしない教師が居たとしたら、それは無責任だ。しかし、今回の場合、「体罰」と認定するかどうかは別としても、その方法において「不適切」「行き過ぎ」な部分が有る点は否めない。言葉による「謝罪」程度のことはしている筈だ。
 なのに、「その間,被上告人の母親は,長期にわたって,本件小学校の関係者等に対し,Aの本件行為について極めて激しい抗議行動を続けた。」のは、なぜだろうか。

 このような事案では、いつも、問題のすり替えが行われる。

 教育の現場として、問題とすべきは、

(2) Aは,同月26日の1時限目終了後の休み時間に,本件小学校の校舎1階の廊下で,コンピューターをしたいとだだをこねる3年生の男子をしゃがんでなだめていた。
(3) 同所を通り掛かった被上告人は,Aの背中に覆いかぶさるようにして肩をもんだ。Aが離れるように言っても,被上告人は肩をもむのをやめなかったので,Aは,上半身をひねり,右手で被上告人を振りほどいた。
(4) そこに6年生の女子数人が通り掛かったところ,被上告人は,同級生の男子1名と共に,じゃれつくように同人らを蹴り始めた。Aは,これを制止し,このようなことをしてはいけないと注意した。
(5) その後,Aが職員室へ向かおうとしたところ,被上告人は,後ろからAのでん部付近を2回蹴って逃げ出した。


の部分である。この部分を指導したかったはずだ。この部分の指導はどうなったのか。母親の提訴により児童のこの行為そのものがうやむやになり(或いは正当化され)指導の機会を逸したり、或いは「僕は悪くない。悪いのは先生だ」と当該児童に誤解させてしまったりしたとしたら、最大の被害者はこの児童なのだ。

そのことを、この母親や学校関係者は気付いているのだろうか。

 事件から7年、この児童は既に中学3年になっている。どのような中学生となっているのだろうか。提訴により、周囲が見る目も変わっただろうし、地裁、高裁、最高裁と三度の裁判費用、弁護士費用の負担も重くのしかかってくる。また、判決文に記された当時の行動から推測すると、生育の過程で他者との接し方を学ぶ機会を逸したのか、或いは何らかの発達障碍等のハンディがあったのかも知れない。

 これを機会に、周囲から支援の手が差し伸べられること、支援の必要性に気付くことを期待したい。また、学校や地域社会とで信頼関係を築く努力の必要性に目覚めてほしい。


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朝日の本日(5/3)版に先日の最高裁判決に関する評価記事が載った。
概ね同感だ。

 体罰容認論者は「言っても分からない奴は殴らなきゃあいかんのだ!」と言う。(これは教師には殆ど居ないが、保護者には意外に多い)

でも、この考えは大きな間違いだ。

 言っても分からない(理解力がない。規範意識がない)子どもは、大人も同じだが、殴っても分からない。ただ「暴力」に従うだけだ。判断の基準が、「正しいor正しくない」ではなく、「痛いor痛くない」「怖いor怖くない」「損をするor損をしない」となっているからだ。

 暴力に従った結果、心の中には「反省」ではなく「怒り」「心の痛み」「恨み」のエネルギーが密かに蓄積され、いつかどこかで解放される時を待ち続ける。

More 今週の読書ノート(~05月08日)
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by taketombow | 2009-05-03 23:46 | ニースに接して  

詳細を知りたい <体罰賠償訴訟>

 私は体罰を容認するつもりは毛頭無い。また、この事案は、「体罰」ではないにしろ適切さに欠けた指導である、と捉えている。

 しかし、興味があるのは、この児童とその保護者に関してだ。詳細をもう少し知りたい。

・まだ、小学校二年生なのに(勿論、高学年や中学生なら許されるというものではないが)、男性教師を二度にわたって蹴り逃げ去る児童とは、どのような子どもだろうか。
・"男性教師に対して蹴りを入れ"、"それを容認する親"に育てられた子どもが、襟首を掴まれた程度で「心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症」するのだろうか。
・家庭での躾はどうだったのだろうか、それとも、軽度発達障碍等のハンディキャップを抱えていたのだろうか。
・「襟首を掴んだ」ということで約350万円の賠償を求め提訴したその真意はどこにあるのだろうか。
・当該教師及び学校に対する"感情的なしこり"なのか、"単なる金銭的な要求"なのだろうか。
・一方、男性教師の尻を二度蹴った行為について、下級審の裁判所、当該児童の保護者はどう評価しているのだろうか。
・”児童が教師の尻を蹴るのは「子どものふざけ、冗談、スキンシップ」なので許すべきであり、教師が襟首を掴むのは「体罰」なので許せない”という主張なのだろうか。
・医師は、どのようなエビデンスを確認し「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断したのだろうか。精神心療の専門医だったのか、専門外なのか。
・この保護者の、当該教師との人間関係は今までどうだったのか。
・この保護者の、他の教師や学校との関係は今までどうだったのか。
・この教師の、他の児童、保護者との関係、評判は今までどうだったのか。

 Excite エキサイト : 社会ニュース <体罰賠償訴訟>児童側敗訴の逆転判決 最高裁
Excite エキサイト : 社会ニュース 最高裁「違法な体罰に当たらず」 小2の胸元つかみしかる
「miblo」 こんなんで、心的外傷後ストレス障害??!
「面白情報日記 今日のネットニュース」 胸元をつかんじゃだめなの?
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by taketombow | 2009-04-29 14:35 | ニースに接して  

「グローバル危機」を読み解く

2008.9.15のリーマン・ブラザーズ破綻を皮切りに、世界は大不況へと坂道を勢いよく転げ落ちていった。今までにも私たちは幾度かの不景気を経験し、その度に、様々な原因がもっともらしく取り上げられ説明されてきた。
 経済学の権威、金融・財政・経営のプロ、金融工学の専門家集団が揃っていたのに、なぜこのような道を歩んでしまい、過去の経験から学ぶ事ができなかったのだろうか。
 日経が4月5日から毎日曜日に「大収縮 検証・グローバル危機」という連載を始めている。

これがかなり面白い。下掲の画像は,その4月5日の紙面だ。この日はポールソン、ファルド、グロスなど政府、リーマン、市場のプレイヤーが、事態をどう捉えどう判断し方向を見誤ったのかを特集している。「市場はこの程度の衝撃なら吸収できるはず」「市場は自然に落ち着くはず」「政府は延命させるはず」という見通しがことごとく外れ、未曾有の危機へと突入していく様が描かれている。
 この特集は
4/12 ”産業の王”自動車沈む 昨年初めに異変の兆し キャッシュも需要も蒸発
4/19 「対岸」の欧州 瞬時に炎上 金融保護 域内が一斉に 中東欧に信用不安波及
4/26 電気が素材が日本が呑みこまれた 輸出立国の足元揺らぐ 風雲弓告げる業界再編
と続く。
 そのとき「事実がどうか」「真実はどうか」ではなくて、人がどう思うか、人がどう受け取ると予測するのか。これらが市場を支配したのだ。
 どのような高度な理論、思想があっても、現実に経済の方向を決めているのは、人なのだ。それを改めて思い知らされる。
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日経はこの他にも、4/22,4/23の「再考 金融危機の真相 (上・下)」で藤井眞理子、高安秀樹両氏の論文を掲載している。藤井氏は再証券化によってリスクが拡大したとし、「再証券化商品は個々の企業や証券のデフォルトのリスクをヘッジすることはできても、経済全体のリスクには脆弱」と指摘し、高安氏は「金融商品の流通が野放しになっていると指摘し、その販売に売り手責任を持たせることが大切」と主張している。

今回の深刻な世界的経済危機については以下の本も興味深い。

◇ 世界金融危機 開いたパンドラ 滝田洋一・著 日本経済新聞社・刊 850+TAX円

   当時、米州総局に勤務し劇的な展開の現場に居た筆者が、直接見聞きしたり関係者から聞いたりしたことを中心にまとめた現場報告。関係した当事者が、そのとき何をどう捉え、どう考えていたかが分かる。

◇ グローバル恐慌 -金融暴走時代の果てに 浜矩子・著 岩波書店・刊 700+TAX円

   もともと著名な経済学者だったそうだが、一般にはさほど知られていなかった浜氏を、一夜にして時代の寵児に祭り上げた名著。「金融"危機"」でなく「グローバル"恐慌"」であると本書の中で氏は主張したが、事態の流れは氏の主張通りに「金融」の世界だけに留まらず自動車を始めとした全ての産業・地域をも巻き込んだ"グローバル"な"恐慌"へと転げ落ちていった。サブプライムローン証券化の当初の意図は、リスクの分散・軽減だったが、リスクが広範化し全ての関係者に撒き散らされただけだった。

◇ 世界金融危機はなぜ起こったのか サブプライム問題から金融資本主義の崩壊へ 小林正宏/大類雄司・著 東洋経済新報社・刊 1,600+TAX円

   体系的にまとめられており割と理解易いが・・・・。
扱う内容の性質上仕方のないことだとは思うが、カタカナ語、アルファベットの略語、金融・投資の専門用語のオンパレードなので、これらに馴染みのない読者にとっては苦しいかも知れない。その点を意識してか、図表を多用し、随所にコラムを設け背景・用語の解説をしている。(その解説にも専門用語・略語が多いが)

物事を解説するのに最も分かりやすいのは、適切な「たとえ」「モデル化」だ。本書でも第五章「危機の本質はどこにあったのか」で「毒入り餃子」「メラミン混入」が招いた「中国食品」離れと今回の金融危機が招いた「ローン証券化」「サブプライム」「ヘッジファンド」離れを比較している部分が興味深い。どちらも、「ローン証券化」「サブプライム」「ヘッジファンド」「中国食品」が悪いのではなく、それらのリスクが適切に「公開」されなかったことが問題なのだと。公開された情報を元にリスク判断をするのは消費者(投資家)なのだが、適切な情報が無かったために、あたかも「全てがダメ」となってしまい混乱の火に油を注いだのだと。

◇ 世界大不況からの脱出 なぜ恐慌型経済は広がったのか ポール・クルーグマン・著 三上義一・訳 早川書房・刊 1,500+TAX円
 
   著者はノーベル経済学賞の著名な経済学者とのことだが、この本を読むと、その理由が十分に納得できる。
 とにかく分かりやすい。金融危機、経済危機がなぜ起きるのかが、実に分かりやすく説明されている。
 特に、「キャピトルヒル・ベビーシッター共同組合」のモデルを使った日本経済の説明は秀逸だ。「流動性の罠」に嵌った日本経済の問題点を見事に説明している。
 しかし、今、世界を覆っているこの事態がなぜおきたかは説明できるが、今回のような危機にはどう対処したらよいのか、処方箋は描かれていない。各国政府の規制から外れた陰の銀行システム、実体経済とは無関係に動く国際金融の社会、政府のコントロールが効かないほど巨大化した国際金融市場。
 極端に収縮した消費マインドを刺激するのは、将来に向けた「明るい展望」をメッセージとして発進するしかない。だが、今は「それが一番困難」なのだ。「嘘でもそれが事実を引っ張って真実となる」それが国際金融の世界だが、「もっともらしさのある嘘」さえつけないのが現状なのだ。

◇ 予見された経済危機 ルービニ教授が「読む」世界史の転換 倉都康行・著 日経BP・刊 1,700+TAX円

  2006年のIMF爽快で米国のリセッション(景気後退)入りの見通しを発表し、更にその規模までを物の見事に予測したねニューヨーク大学の ルービニ教授の主張を解説しながら、現在の世界経済が抱える問題点を指摘する。
 現在の世界経済の問題点は「最後の貸し手」の不在だ。それは相対的に米国の力が弱くなったこともあるが、世界経済が肥大しすぎたということもある。もはや、各国の通貨操作、金融政策は市場のコントロール能力を失いつつある。真剣な経済政策よりも「ダックテスト」(ある鳥があひるのように見え、アヒルのように泳ぎ、アヒルのように鳴けば、多分それはアヒルだろう。というような、あまり厳密でない帰納法)の方が遙かに市場を動かす力が強くなっている。
 その他にも、実態の不透明な中国経済、揺らぎ始めたIMF体制、危機に瀕している東欧諸国、ウクライナ、パキスタン等々、先行きは予断を許さないようだ。

◇ リスクをヘッジできない本当の理由 土方薫・著 日本経済新聞社・刊 852+TAX円

ノーベル経済学受賞者を2人も擁し高度な金融工学を駆使し最先端の運用をしていたヘッジファンド、LTCM。なぜ彼らが破綻したのか。その理由は単純だった。「真のリスクヘッジ」をしなかったからだ。未来は過去の延長線上のあるわけではない。その本質から金融市場が一か八かの博打のような性格を持っている以上、成功は単にツイていただけだ。そして、ラッキーなツキが永遠に続くはずがない。
 しかし、ツイていたトレーダーほど、そのツキを自分の技倆と誤解し実力を過信する。

 暗い夜道はなるべく歩かないようにする。防犯ベルを携行する。なるべく人通りの多い道を歩く。

実世界では、このようなリスクヘッジの行動を取っているのに、金融市場でそのような行動が取れないのは、このような過信と誤解からだった。

◇ 世界金融危機 金子勝/アンドリュー・デウィット・著 岩波書店・刊 480+TAX円

   (なるべく分かりやすくと)それなりに工夫の跡はあるが、結構読みにくいし分かり難い。
救いはこの薄さだけ。この程度のボリュームなら、ある程度読書力が有れば1時間もかからずに読み切れるので、アウトラインをとにかく短時間に叩き込みたい人にはうってつけの本だ。
 この著者は、テレビやラジオで解説をするとき(話し言葉のとき)の方は分かりやすいのに、活字になるとなぜ分かり難いのかを考えながら読んでみた。理由は専門用語だった。メディアの解説では、専門用語をなるべく使わず平易な言葉で語るが、本書では、略語、カタカナ言葉のオンパレード。
 その部分だけは覚悟が必要だ。まっ、略語の一つや二つ分からなくても、世界金融危機のアウトラインは掴めるが。

 唯一分かりやすかったのが、「ガス欠とオーバーヒート」の例え話。
 著者の話はどこでもいつでも暗い結論だけになりがちだ。救いは何処かにないのか?
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by taketombow | 2009-04-27 22:09 | ニースに接して