カテゴリ:ニースに接して( 78 )

 

"焼け糞型"の犯罪を防ぐために  リベンジできる社会を

 秋葉原の通り魔大量殺人事件は衝撃的だった。

ここに改めて犠牲者の方々のご冥福と、負傷者の方々の一日も早いご回復をお祈りしたい。

 犯人の今後の処遇については、大多数を占める極めて感情的な意見を始めとして様々な議論が為されている。あれだけの惨劇を引き起こした結果から、世論が感情的になるのは当然であるし、死刑という声に反対するつもりも毛頭ない。

 しかし、今回の事件の原因を犯人の資質だけに限定してしまって良いのだろうか。或いは家庭の躾、育て方だけに責任を転嫁して良いのだろうか。

 成人して何年か経った子の行動にも、親はマスコミの前に引っ張り出され、晒し者にさせられなければならないのだろうか。

千葉の駅前連続殺傷事件、岡山のホーム突き落とし事件等々、この"やけっぱち""焼け糞"型犯罪の引き金を引いたものは、本当に個人の資質だけなのか。

私には全く実感はないが、今は異例な長期持続型の好景気だそうだ。大手企業は軒並み業績を上げ、株主配当も役員報酬も大幅にアップしている。それなのに、生活保護受給者数が増えているのは何を物語っているのか。

 派遣労働の受け入れ先の大手製造業は、派遣社員一人あたりに1万4千円程度支払ってると聞く。だが、派遣労働者は寮費、食費を天引きされた後手元には、月額4~5万円程度しか残らない。勿論保険も年金もない。派遣契約が切れたら、住むところさえも失う。

このような生活も彼らの「自己責任」なのだろうか。社会や政治の「自己責任」は問われないのだろうか。

 このような人たちから中間搾取することを法的に容認している社会構造に、本質的な歪みはないのだろうか。

 必死になってフルタイムで働いても、派遣労働だと年収は300万程度にしかならない。勿論年金、保険には入れないし、病気や怪我になった途端、生活は破綻する。これで、社会に対し何の敵意も恨みも持たずにいることは可能なのだろうか。

教育社会学者 東京学芸大学教授山田昌弘氏 の著書
「希望格差社会」 (2007.3.10刊)の副題

「負け組」の絶望感が日本を引き裂く

が 私の頭をよぎる。

感覚が鈍っているのは特殊なことではない
その場に居たら?
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by taketombow | 2008-06-11 22:02 | ニースに接して  

余りにも冷たすぎないか??!!

中国の四川大地震の惨状に心を痛めている。
それとともに、国内の反応に戸惑っている。

余りにも冷たすぎないか?それは私だけの偏った印象であり実際は違うなら良いのだが。

ニュースによると
死者(行方不明も含めて) 約88,230人 = 福井県の人口に匹敵(871,908人)
被災者数 約12,000,000人 = 東京都の人口に匹敵
という未曾有の大惨事なのだ。

たしかに、最低限にすべきことはしている。誰からも正面から批判されることはないだろう。
 政府は支援を発表し見舞金を送ると共に緊急救助隊や医療チームを派遣した。民放各局や新聞社は寄付を募っている。

 でも、しかし、何かが足りないのだ。今行われている様々な支援運動に、今ひとつ盛り上がりの欠けた冷めさを感じるのだ。

 ついこの間、農薬入り餃子事件があった。それに対する中国国内や、政府当局の反応には、割り切れない物を感じた。そしてそれは未だに解決されてはいない。また、北京五輪の聖火リレーを巡るぎくしゃくとしたこともあった。チベット問題もある。日本のすることを目坪にとって過激に反応する国民性もどうかと思うこともあった。そして、その様子を見て、我々の方が大人だなとも思ったこともある。

 両国のあいだの関係は”極めて良好”とは言い難い。

でも、隣人が困っている。これは事実だ。面積にすれば、日本の国土全体の地域が被災しているのだ。このようなときに、あれこれ理屈を付けて渋っていていいのだろうか。今私たちは、「大人になり切れない子どものような」対応をしていないだろうか。

 人が困っているとき、知らん顔をしていたり、通り一遍の対応しかできないだとしたら、私たちは何と心の貧しい人としての温かさに欠けた民族なのだろうか。

 私たち大人が、他人の悲しみに共感できない、悲哀に共に涙することができないとしたら、子どもたちに”「いじめ」をなくせ”などと言うことは極めて烏滸がましいことじゃないのだろうか。

 いじめの最大の原因は、「"人の悲しみを自分の悲しみとしてとらえられないこと"="
共感力の不足"」なのだ。
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by taketombow | 2008-05-26 21:18 | ニースに接して  

なぜ落ちた?(その2) やはり納得がいかない。

 先の小学生転落死亡事故で、マイクロバスの運転手が逮捕された。

 結果から鑑みて、それは納得できる。

 しかし、その理由が「自動ドアをオート”手で開けられない”モードにしなかったからだという」この部分に納得がいかない。走行中の自動車ドアをロックすることについては、走行時の乗員安全、緊急時の救出等の立場から様々な考えがあり、コンセンサスは得られていない。国によってはドアロックをすると万一の場合に救出できないのでロックをしないのが基本となっている国もある。我が国の道交法上にもドアロックの義務は明記されていない。

 彼の最大の過失は果たしてそのことだったのだろうか。

 私は彼の過失は、そのことではないと考える。

 彼はマイクロバスの運転手である前に、サッカーチームのコーチである。そして、そのコーチである前に、子ども達を守るべき大人の一員である。

 そのことから考えてみたい。

 子ども達が、マイクロバスの中で騒いだり、席を離れて走り回ったりしているのを見て、大人はどのような態度をとるべきだろうか。しかも、その子ども達が見知らぬ子ども達ではなく、自分が監督するサッカーチームのメンバーだったら。
 乗り合いバスの中だったら、見知らぬ大人でも注意をする筈だ。このマイクロバスの中ではどうだったのか。どのような状況だったのだろうか。運転をしていたコーチは、それに対してどのような指導・注意をしたのだろうか。
コーチは注意をしなかったのか。それともコーチの注意にも子ども達は言うことを聞かず、コントロールできない状態だったのだろうか。
 全てがあっという間に起きてしまったのだろうか。

 コーチは厳しく指導すべきだった。もともとマイクロバスに乗るときのルールは無く、普段からやりたい放題だとしたら問題外だが、車内のルールは守らせるべきだった。

 コーチが罪を問われるとしたら、道路交通法違反でなく、業務上過失致死であるべきなのだ。

 また、車内で何が起きたのかについても、一人一人に詳しく事情聴取をし明らかにすべきだ。子ども達の心の中に不可解なものを残してはならない。コーチ一人だけに罪を被せ蓋をするのでなく、全てを解明し、子ども達の心の重荷を解放してあげるべきだ。うやむやにすると、子ども達の心にトラウマとして長く残ってしまうことだろう。

 もちろん、子ども達の罪を問うとか、詳細を公表せよと言うつもりは毛頭ない。

<追記2008.01.03 20:25>
 この事故が、家族旅行の際に、保護者の運転中に起きたと仮定しよう(希にこのような事故も耳にするが)。
 現象的には明らかなネグレクト(保護者の保護義務放棄)であるが、運転手は逮捕されただろうか。逮捕されるどころか、一昔前までは「子どもを亡くした可哀想な遺族」扱いだったはずだ。
 道路交通法のどこにも、親子・親族・他人を区別する条文は存在しない。

J-CASTニュース
ドアロックかけず小5転落死 「逮捕はおかしい」との声
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by taketombow | 2008-01-03 19:43 | ニースに接して  

なぜ落ちた?

[バスから小5転落死 東京・練馬の外環道] [ 12月24日 23時02分 ] 共同通信

24日午後6時10分ごろ、東京都練馬区の東京外環自動車道内回り線の大泉ジャンクション付近で、小学生サッカーチーム24人を乗せて走行中のマイクロバスの自動ドアが突然開き、埼玉県ふじみ野市立東原小5年の吉崎健君(11)が転落、後続のトラックにひかれて死亡した。  バスに乗っていたのは、ふじみ野市と同県川越市の小学生で構成する「川越福原サッカークラブ」の子供たち。
Excite エキサイト : 社会ニュース

1BOXカーやワゴン車とは違う。マイクロバスだ。ドアと、座席とは離れている。(毎日)によると「バスは06年製造で定員29人」だから補助席を使わずほぼ全員が、座席に座れたはず。
 ドアが開いても、座っていれば車外へ落ちることは考えられないし、座席を立つ必要は無かったはず。5年生なら、それなりの分別はあったはずだし、スポーツをしている少年なら、それなりのルールは守れていたはずだ。

 何がおきたのだろうか。なぜ、ドアは開いたのか。なぜ、彼はドアのそばに立っていたのだろうか。

 この事件・事故に、子ども達の「いじめ」「からかい」「悪ふざけ」は無関係であって欲しい。
 
 もし関わりがあるようだったら、あまりにもお気の毒すぎる。それが本人であっても、周囲の児童であったとしても・・・。


今週(~12月22日)の読書ノート

風の記憶 ヒマラヤの谷に生きる人々 貞兼綾子・著 春秋社・刊 2,800+TAX円
たんば色の覚書 私たちの日常 辺見庸・著 毎日新聞社・刊 1,200+TAX円
格差・貧困と生活保護 「最後のセーフティネット」の再生に向けて 杉村宏・著 明石書店・刊 1,800+TAX円
ネットカフェ難民 ドキュメント「最底辺生活」 川崎昌平・著 幻冬舎・刊 740+TAX円
教育の政治経済分析 日本韓国における学校選択と教育財政の課題 中紙康博/Taejong Kim・編 青木栄一 他・著 シー・エー・ピー出版・刊 3,000+TAX円
虐待の家 義母は十五歳を餓死寸前まで追いつめた 佐藤万作子・著 中央公論新社・刊 1,800+TAX円
AD/HDの子育て・医療・教育 楠本伸枝・岩坂秀巳・西田清・エジソンクラブ奈良「ポップコーン」・編/著 クリエイツかもがわ・刊 2,200+TAX円
コピー用紙の裏は使うな! コスト削減の真実 村井哲之・著 朝日新聞社・刊 720+TAX円
「場の空気」を読むのが上手な人下手な人 和田秀樹・著 新講社・刊 1,300+TAX円
高速電力線通信システム(PLC)とEMC 電気学会・高速電力線通信システムとEMC庁背専門委員会・編 オーム社・刊 3,800+TAX円
金属疲労のおはなし 西島敏・著 日本規格協会・刊 1,500+TAX円
ビタミンF 重松清・著 新潮社・刊 1,500+TAX円
きよしこ 重松清・著 新潮社・刊 1,300+TAX円
熱球 重松清・著 徳間書店・刊 1,200+TAX円
小説 国民収奪税 千代田哲雄・著 祥伝社・刊 1,900+TAX円
ホームシックシアター 春口裕子・著 実業之日本社・刊 1,500+TAX円
震災列島  石黒耀・著 講談社・刊 1,800+TAX円
神々の山嶺 上 夢枕獏・著 集英社・刊 724+TAX円
神々の山嶺 下 夢枕獏・著 集英社・刊 800+TAX円
花淫れ 池永陽・著 角川書店・刊 1,700+TAX円
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by taketombow | 2007-12-25 02:19 | ニースに接して  

「色素増感型太陽電池」実用化へ一歩近づく

 先のエントリー「色素増感型太陽電池」で触れた、新型太陽電池に新たな進歩があった。

ネットニュースは直ぐに消えるので、以下に引用しておく。

日経ネット関西版
シャープが世界最高効率モジュール──次世代太陽電池」2007/12/03配信

 シャープは次世代太陽電池とされる「色素増感型」の太陽電池で、世界最高効率のモジュールを開発した。太陽光エネルギーを電力に変える変換効率は7.9%で、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が設定している開発目標に大きく近づいた。シャープではモジュールの大面積化などに取り組み、主流の結晶シリコン型に比べて安価に作れる色素増感型の実用化につなげたい考えだ。

 面積が26.5平方センチメートル、変換効率が7.9%のモジュールを開発した。NEDOは色素増感型の太陽電池モジュールについて「2010年に面積900平方センチメートルで変換効率8%」という開発目標を掲げている。シャープはNEDOの委託を受けており、今後は大面積化に取り組む。

 シャープは色素から受け取った電子を電極に渡す役目を果たす酸化チタン膜に着目。大きさ20―50ナノ(ナノは10億分の1)メートルの酸化チタンの粒子の配列を工夫し、太陽光が膜中を長く通るようにした。膜に付着している色素に届く太陽光が増えることで、受け取る電子量も増える。

 色素増感型の太陽電池は電極と色素、ヨウ素などの電解液があれば作れる。結晶シリコン型や化合物系の太陽電池では真空装置を使う工程が不可欠だが、色素増感型では不要で、他の方式よりも安価に作れる可能性がある。シャープではさらに変換効率を高める一方、色素の長寿命化に取り組んで実用化を狙う。


 現在のシリコン型太陽電池では、それを作るのに要するエネルギー総量と、その太陽電池が製品寿命が尽きるまでに生産するエネルギーとでは、太陽電池が生産するエネルギーの方が少ないという。真にエコな太陽光発電は、色素増感型の登場を待たなければならないのだ。

(訂正) 2007.12.4
 上の内容について、「現在では事実と反する」とお教えいただいたので訂正する。
上の記述は古いデータに基づくもので最新のデータだと、太陽電池製品が製品寿命が尽きるまで産生するエネルギーの総量は、シリコンを原料とする従来型でも、製造に要するエネルギーの総量を遙かに上回っているそうだ。シリコン太陽電池の原料となるシリコンの需給は逼迫し価格も高騰している。色素増感型太陽電池は、シリコン型よりも生産が容易で、原料、製造コストは格段に安い。色素増感型太陽電池へ寄せられる期待は大きい。
データはここにある。

「色素増感型太陽電池」については、東大先端技術研究Cの特任准教授・内田 聡(うちだ さとし)さんの
色素増感太陽電池ホームページ
が現時点では最も分かり易くて詳しい。
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by taketombow | 2007-12-04 00:03 | ニースに接して  

喫煙とADHDの発症

 日経メディカルで次のような気になる記事を発見した。

2007. 6. 21
母親の喫煙は子供のADHD発症に影響する」安原こどもクリニック(大阪府寝屋川市)院長 安原昭博氏
※ 会員制サイトなので閲覧には会員登録が必要(無料)

母親の喫煙率
ADHD児      46.7%  (出産時の年齢20~24歳 87.5%)
一般の母親    17.4%  (若年齢の母親      34.7%)
 ※2002年に実施された第1回21世紀出生児縦断調査(厚生労働省)による

 ある施設に通院した167人だけを対象にした極めて限定された調査なので、ADHD発症と喫煙との関係を論ずることは疫学的には無意味かも知れないが、ADHD児の母親に愛煙家が多いのは事実のようだ。
 喫煙をしてい母親の約半数に当たる26人は、妊娠が分かった時点(平均妊娠2.5カ月)で禁煙をしているが、喫煙がADHD発症に関係あるとすれば、大脳は妊娠3カ月くらいまでに形成されるので、このタイミングでの禁煙では間に合わない。
「妊娠したらタバコをやめる」ではなく、「妊娠適齢期の女性はタバコは吸わない」が、あるべき姿と安原氏は説いている。

12月01日(土)に入手した本

カネが邪魔でしょうがない -明治・大正・成金列伝 紀田順一郎・著 新潮社・刊 1,000+TAX円
教育三法の改正で学校はこう変わる! 小島宏/寺崎千秋・著 ぎょうせい・刊 1,800+TAX円
平成19年 国民安全読本 「国民安全の日」広報資料 (財)全国安全会議・編/刊
学校のモンスター 諏訪哲二・著 中央公論社・刊 760+TAX円
リストカット 自傷行為をのりこえる 林直樹・著 講談社・刊 700+TAX円
加工食品と微生物 -現場における食品衛生 藤井建夫・著 中央法規・刊 2,000+TAX円
データでみる 幼児の基本的生活習慣 -基本的生活習慣の発達規準に関する研究- 矢田貝公昭/高橋弥生・著 一藝社・刊 2,600+TAX円
迫りくる東アジアのエイズ危機 山本正/伊藤聡子・編/著 連合出版・刊 2,500+TAX円
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by taketombow | 2007-12-01 17:53 | ニースに接して  

永源寺第二ダム計画中止が確定

先のエントリー「愛知川 2007夏」で触れた表題のダムについて、最高裁は国側の上告を棄却した。
今、ラジオのニュースが報じている。
これで、ダム計画は白紙に戻った。
愛知川上流の自然は守られることとなった。
少なくとも私が生きている間は、毎年愛知川の遡行を楽しめるようだ。
良かった、良かった。
 ダムなどの公共事業を巡る訴訟で、国側が敗訴したのは極めて珍しいことであり、熊本県の川辺川ダム以来、2例目だ。

ネット上のニュースは早晩消えてしまうので、ここに共同通信の記事を引用する。
多くの新聞社は共同通信から配信された原稿をそのまま掲載しているので、見出しが違うだけで内容は同一だ。

 滋賀県東近江市(旧永源寺町)に農水省が計画している「永源寺第2ダム」をめぐり、「事業は不必要」とする異議申し立てを退けたのは違法として、地元住民が決定取り消しを求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は11日、国の上告を受理しない決定をした。違法性を認め、国の逆転敗訴とした2審大阪高裁判決が確定した。
 ダム事業をめぐり、国敗訴が確定した訴訟には、熊本県の「川辺川利水訴訟」のケースがある。国はあらためて大型公共工事の在り方の見直しを迫られそうだ。
 高裁判決によると、農水省は1994年、かんがい用水不足に対処する土地改良事業として、ボーリングによる建設予定地の地質調査などをしないまま、同ダムの建設を決定した。
 住民らは、環境破壊につながるとして計画に異議を申し立てたが、農相に棄却されたため提訴。


ダム計画は違法 最高裁、上告受理せず(共同通信)
永源寺第2ダム計画、国側敗訴確定 最高裁(朝日新聞)
ダム不要申し立て却下は違法 最高裁、国の上告受理せず(中日新聞)


10月14日に入手した本
【検証 地方分権時代の教育改革】教育改革を評価する 犬山市教育委員会の挑戦 苅谷剛彦 安藤理 内田良 清水睦美 他 著 岩波書店・刊 480+TAX円
子どものメンタルヘルスがわかる本 わが子のことが気になりはじめた親のためのガイドブック スティーブン・V.ファラオーネ・著 田中康雄・刊 豊田英子・訳 明石書店・刊 2,800+TAX円
昭和の子ども生活史 深谷昌志・著 黎明書房・刊 7500+TAX円
児童福祉施設・保育所 子どもの危機対応マニュアル 浅井春男・監 建帛社・刊 1,200+TAX円
里山の一日 秋の日 今森光彦・著 アリス館・刊 1,400+TAX
雷博士が教える 雷から身を守る秘訣 北川信一郎・著 本の泉社・刊 952+TAX円
おもしろサイエンス 蚊の科学 荒木修・著 日刊工業新聞社・刊 1,500+TAX円
ほっこり鍋 萩原悦子・著 ソニーマガジンズ・刊 1,400+TAX円
無料・無断で使える著作権ガイド 富樫康明・著 日本地域社会研究所・刊 2,000+TAX円
本を売る現場でなにが起こっているのか!?編集の学校/文章の学校・監 雷鳥社・刊 1,500+TAX円
遭難者を救助せよ! 富山県警山岳救助隊 極限の任務に立ち向かう男たち 細井勝・著 PHP研究所・刊 1,600+TAX円
歴代首相の言語力を診断する 東照二・著 研究社・刊 1,400+TAX円
愛国心を考える テッサ・モーリス-スズキ・著 岩波書店・刊 480+TAX円
にんげん百物語 誰も知らないからだの不思議 福井栄一・著 技報堂出版・刊 2200+TAX円
札幌殺人夜曲 梓林太郎・著 徳間書店・刊 552+TAX円
津軽殺人事件 内田康夫・著 徳間書店・刊 590+TAX円
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by taketombow | 2007-10-12 00:10 | ニースに接して  

なるほど、「運行には支障なし」か。

9月28日(金)の中日新聞(名古屋版)夕刊 14 面 投書欄「ハィ編集室です」への投書。

 名鉄東岡崎駅で目の不自由な男性が電車に乗ろうとしたら、白いつえを挟んだままドアが閉まった。幸い他の客の「つえを離して!」の声でつえを離したので、引きずられずに済んだが、つえを挟んだまま電車は行ってしまった。事故防止体制はどうなっているのだ。 (女性 45歳) 

これへの名鉄広報宣伝部の回答がふるっている。

 ・・・・・・・、この件を調査しましたところ、係員は車外にものが出ていることは確認しましたが、運行そのものには支障がないものと判断し、列車停止などの手配はとりませんでした・・・・
 


 まあ、視覚障害者の白いつえの1本や2本くらい、ドアに挟まっていても、列車の運行には支障はないだろう。それは事実だ。
 でも、「視覚障害者の白いつえ」と言ったら、彼らにとって身体の一部と言っても大袈裟な表現ではないと思う。それが挟まったことが問題なのだ。視覚障害者が乗るときに、それに気付き適切な配慮をしなかったことが非常に不適切なことなのだ。

 公共交通機関としては、あってはならないことなのだ。

 それなのに、障碍者への配慮の言葉は一切無く、「運行そのものには支障がないものと判断し」とは何事だろうか。公共交通機関として、非常識きわまるコメントではなかろうか。

 「運行そのものへの支障」だけしか気にしないのなら、ドアにゾウや牛でも挟まれない限り電車は運行できる。人間の1人や2人、ドアに挟まれても電車は動ける。身体が小さい子どもや老人なら支障はもっと少ない。

 信じられないことに、これが名鉄の公式コメントなのだ。

 人間の1人や2人、手足の一本や二本挟まれていても、「運行そのものへの支障」が無ければ、発車してしまう電車に私たちは乗るのだ。

 これからは、名鉄電車に乗るときは、万が一の時に備えて「相当な覚悟」と傷害保険への加入を強くお勧めする。それから、万が一の時に備え、予備のつえや車イスも必要かも知れない。
挟まった場合「運行そのものへの支障」がなければ、挟んだまま電車は出発してしまうはずだ。
少なくとも広報宣伝部の回答はそうなっている。

 動作の遅い「老人、子ども、障碍者」は乗るなということか。

 健常者もボサッとしては居られない。明日からは、通勤でスリルを楽しもう!少なくとも、手足ははさまないように気をつけるぞ!
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by taketombow | 2007-09-29 00:54 | ニースに接して  

加害当事者側の責任は?

神戸、私立高校での「いじめ」自殺」事件。

 この種の事件を単なる「いじめ」と類別するのには、違和感がある。
暴力を伴った、「脅迫」「恐喝事件」とすべきのではないのか。軽い「いじめ」単なる「からかい」と軽視していたことが、問題の深刻化に繋がったのではないのか。
Excite エキサイト : 社会ニュース

 この種の事件報道を見る度に思うのだが、なぜ、学校が謝罪して、加害者が謝罪しないのか不思議に思う。

 この事件に関わる人を整理してみる。

被害者とその保護者
加害者とその保護者
傍観者とその保護者
学校関係者(担任から管理職まで全て)
警察

 まず、警察は学校内での事件を防ぐことはできないから、除外。発生後の捜査にあたるだけだ。
 次に、学校。事件が学校内で発生し、学校での人間関係がその重要な要素になっている以上、その責任は免れない。

 そして、加害者。

 これらの主犯は学校か加害者か、誰なのだろうか。

 そして、今非難されているのは、誰だろうか。今ここで頭を下げ、一番謝罪すべきは誰なのだろうか。学校が謝罪すべきは、結果として犯行の「場」を提供してしまったこと、早期発見で生徒を守れなかったことの結果責任だ。

 「いじめ」を始めとする問題行動は、加害者側の家庭環境等に大きな問題が内在する場合も少なくなく、学校だけの指導ではその根本解決は非常に困難である。しかも、加害者側の家庭が、過度な進学圧力、児童虐待、家庭崩壊、DV、経済困窮、地域社会からの孤立に晒されているときは、同時進行でそれらにも対処せざるを得ない。解決に不可欠な家庭の協力が得られるどころか、暴力的な妨害・拒絶に遭うことも少なくないのだ。

 ましてや、今回のような私立の指導困難校では、その対応の難しさは想像に難くない。

 学校はこの事件をいつどの程度まで知ったのか。そして、どの様な指導をしたのか。当事者の保護者に対してはどのように連絡をしたのか。それらは、今後詳細に精査され、明らかにされなければならない。そして、責任の所在を明らかにし、謝罪すべきは謝罪し補償すべきは補償しなければならない。

 しかし、これらは加害者の謝罪の代わりとなるものではない。

 加害責任とは別の問題だ。

 加害責任は加害責任として、その所在を明らかにしなければならない。
 
 学校が関わる問題では、いつもこの点がうやむやになる点が気になる。記者会見に同席させ自分の言葉で答えさせればよい。このような組織的継続的な事件は、「魔が差した」「出来心」ではない。その他にも様々な問題を起こしているはずだ。自分のしでかしたことは、自分で責任を取らせるべきだ。
 少年法上の問題があるのなら、目線を入れればよいし、衝立越しでも良い。加害生徒が不可能なら保護者が出てくるべきだ。

 学校が身代わりになっている限り、親も子も、自分自身の罪の大きさには気付かない。ほとぼりが過ぎた頃、学校へ責任転嫁するのがおちだ。

 そして、いつの日かもっと大きな事件を引き起こす。

 再発防止のためにも、加害者の家庭に事件へ正面から対峙させるべきなのだ。

 加害責任は加害者にある。そしてそのように育てた保護者もその責を負わねばならない。親が逃げている限り、子どもはまともに育たない。

 学校の指導が原因なら、他の学年学級でも頻発しているはずだ。

人の心の痛みを思い遣る教育ができているか
あったとかなかったとか
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by taketombow | 2007-09-22 05:52 | ニースに接して  

私の考える教育改革

「小学校における英語教育について(外国語専門部会における審議の状況) (案) 文科省
小学校授業時間、30年ぶり増 高学年は英語も 中教審 朝日新聞
小学校英語は教科外 中教審部会素案 点数評価せず 中日新聞
小学校、主要教科授業1割増 中教審部会大筋合意 読売新聞

 これからの社会で英語は必須の言語だと思う。
読み書きだけでなく、会話もできると良い。
しかし、これは何だ。また、愚策が始まりそうだ。
 週にたったの一時間、専門教員でなく担任が指導、教科外、評価無し。
 これで何を指導しようとするのだろうか。英語という教科は、何の資格も、指導する単位も修めていない素人が、週にたった一時間、評価もしないで指導し、効果の上がるものなのだろうか。 国民が求め、社会が必要としている英語教育はその程度のものなのか。

 その程度の英語教育ならしない方が良い。週一時間、年間35時間という授業時間の壮大な無駄遣いだ。目先のごまかしに使うのだったら、他の教科に使う方がずっと効果的だ。

 私の考える教育改革は次の通りだ。(以前あるMLで提案したら、ぼろくそに叩かれたなあ)

1 幼・保・小の完全統合と義務教育化
※ 現在の幼・保の年中、年長、小一、小2を合わせて幼年学校、小3~小六を小学校、中は現行通りとする。育休明け~年小までは全て義務教育外の保育園として、夕方まで預かる。費用は無償の公立か、有償(公的補助有り)だが特色のある私立のどちらかを選択できる。


2 教員免許の再編成 幼年免許、小学免許、中学免許
※ 教員等免許制度も1に合わせて変更する。保育師、幼年教諭、小学教諭、中学教諭とし、小・中免許は教科別とする。免許の違い、学級担任の有無を待遇に反映できるようにする。


3 少人数(25人以下)学級の導入、個別指導の強化と留年制の導入
※ 個に応じた学習計画を作成しきめ細かな個別指導により、基礎基本の徹底を目指す。学年修了時には、統一的な学習達成度評価を実施し、規準を達成したもののみ修了を認める。
 また、修了達成率、保護者からの評価も待遇に反映できるようにする。


4 統合教育(障碍者と健常者の共習)導入
※ 障碍を持った児童・生徒は、保護者が直接行政に介助員を要請した上で、障害の程度にかかわらず通常の学校で履修することができる。それにより、健常者との共習を目指す。


5 ダイナミックな教科の再編成(教科としての英語の本格的導入)
※ 午前中の時間(一日4時間×5日間=20時間)をコアタイムとし、英語を含む5教科を学習する。午前中だけで、1教科平均4時間の学習時間を確保できる。音、図、体、家、道、特等の教科、領域は午後の時間を利用して専科教員の指導により履修するが、必須部分と、選択部分とに分け、希望による選択履修ができるようにする。これにより、例えば、音楽が好きな児童生徒はバイオリンやピアノを学ぶこともでき、美術が好きな児童は油絵や、日本画を履修することも出来る。
 各教科の履修内容も、従来の各教科団体からの意見を集約し積み上げる方法を止め、卒業時点で必要な学力は何か、社会で生きるために必要な学力は何か、という視点で取捨選択していく。
 教科としての英語の導入に当たり、その基礎となる国語教育の在り方を大改訂し、従来の文学教育偏重傾向から、文章を論理的に読み取り、自分の意見を論理的に説明し文字や言葉で表現できる力を育てることを目指す。


6 始業時刻の繰り上げ
※ 働く女性の増加に伴い、早い時間に子どもを送り出せるよう、学校の始業時間を早め、児童を受け入れるようにする。また、授業後は、放課後学級と組み合わせて、最大午後7時頃まで預けられるようにする。それに伴い、児童の送迎は保護者自身が学校まで責任を持ち送迎するか、スクールバスによる送迎を取り入れ、安全を確保するようにする。
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by taketombow | 2007-09-16 09:56 | ニースに接して