カテゴリ:ニースに接して( 78 )

 

郵政法案と衆院解散

郵政法案の審議が大詰めに来ている。

私は「郵政改革」には基本的に賛成だ。
このままずるずると国有化が続けば,国民の隠れ借金は際限もなく膨れあがっていくだろう。
不採算の高速道路を作り赤字垂れ流しで平気なのも,道路公団の陣頭指揮で官製談合をし工事費をつり上げているのも,郵貯・簡保からの「財政投融資」という巨大な資金があてのこと。

だから,「郵政改革(民営化)」は待ったなしの命題だと思う。
一刻も早く実行しなければならないことである。

しかし,「参議院で否決されれば,衆議院を解散する」とは何だ。

参議院は,解散がなく任期が長いのは,「良識の府」として長期的視野にたって審議するためだったはず。そのための二院制だ。衆議院の解散をちらつかせ,参議院の審議に圧力をかけようとするのは,二院制の否定とならないか。

民営化以前の憲法の理念に対する挑戦だ。

目的が正しくても,手法が間違っていると,目的そのものも否定されてしまう。

今回の郵政民営化の審議がそうだ。
これで,小泉改革は数年分後退することになる。小泉首相自身が播いた種だが、そのツケは私たち国民が「税金」という形で後日支払うことになる。
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by taketombow | 2005-08-07 10:51 | ニースに接して  

「自分が変わる」ということ

H17/8/5 毎日新聞 夕刊
・素手で給食食べさす 50代女教師(鳥取)
・酔って交番で暴れ戒告 47歳男性教師(愛知)

新聞の報道通りだとしたら,行為の中身は論評に値しない。問題外だ。
 ここで気になったのは二人の年齢だ。同じような世代である。この二人は時代合わせてに自分を変えられなかったのではないかと思う。

 この二人が教師になった頃は,まだまだ時代が鷹揚で,大きな怪我さえさせなければ,直接的な体罰はある程度容認されていた。ましてや,このような精神的,人権侵害的な行き過ぎた指導は問題にさえならなかった。
 もちろんそれが良かったと言うつもりは,毛頭無い。単に,そういう時代だったということだけだ。
 時の移り変わりとともに,子どもはもちろんのこと,保護者も,家庭も,地域社会も変わる。当然のこととして,人権意識も,道徳観念も変わる。子どもを育てる。子どもを愛するという不易普遍的な部分は必要だが,方法論的な部分はその時代に合わせて変えていかなければならない。

 それができなかったのだろう。このような教師は,子どもたちを押さえ込むためにこのような強圧的な態度に出るか,子どもに徹底的に背かれ学級崩壊を起こすかになりやすい。

 「私は○○年間この指導方法でやってきました。こんな風になったのは,この子たちが初めてです。(悪いのは私の指導ではありません。この子たちです)」

 このような教師に「だからだめなんです(あなたも変わらないから)」と言っても通じない。上司が指導方法を注意すると,あたかも全人格を否定されたような過剰反応を示すことさえある。

 管理職の鼎の軽重が問われる場面でもある。

後者の泥酔事件はいかにも日本的だ。交番で暴れ,施設を壊し(器物損壊,公務執行妨害)
ても「戒告」で済む。「酒の上での出来事」には,非常に甘い。以前,どこかの大学教授が手鏡でスカートの中を覗き捕まったことがある。こちらは,実名で報道された上に,刑法上は更に軽い罪だが,仕事も社会的名誉も失っている。「酒の上での出来事」に甘い部分は余り変わっていない。

 とにかく,「自分を変える」は非常に難しい。
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by taketombow | 2005-08-05 20:22 | ニースに接して  

「公と私の区別の欠如」か?「甘え」か?「規範意識の欠如」か?

次々消えた30万個 手軽なみやげ協会困惑 朝日新聞(7/28)

 愛知万博(愛・地球博)会場から、次々とトイレットペーパーが消えている――。葉っぱを薄緑色でプリントした提供企業のロゴマークが、自然との共存という万博テーマを連想させるようで、手軽な「万博みやげ」と持ち帰る来場者が後を絶たない。30万個用意したが在庫が底をつき、新たに万個を追加提供した。

このニュースに対して 次のような投書が朝日(名古屋版)に載った。

「トイレ紙”失敬” 腹を立てなくても」
・・・と問題になっています。しかし、私はそんなに大げさに考えなくても・・・・。
街を歩けば大量に無料で配っているティッシュペーパーがあります。その「万博版」と思えば。それほど腹も立たないのではないでしょうか。
  春日井市 警備員 ○○ ○○

自宅にきた客がトイレットぺーパーを失敬していっても、この人は腹を立てないのだろうか。
それとも、個人宅の品はいけないが、公共物は良いと考えているのだろうか。

それとも、若者の一部に目立つ「万引き」肯定論に象徴される、社会的な規範意識の欠如だろうか。

比較的インテリ層が多いとされている朝日にこのような考えの読者がいること、また、このような投書をあえて選択し掲載していることに驚くとともに呆れている。

無料配布のティッシュは宣伝のため積極的に配布しているものだ。万博のトイレットペーパーは配布してはいない。明らかな「窃盗」だ。

公務員や会社員が勤務先のトイレットペーパーを持ち帰ったら、多分クビになり、横領罪で告発されるだろう。
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by taketombow | 2005-08-05 01:44 | ニースに接して  

都庁の災害対策住宅非常招集に・・

この記事を読んで、2000年9月の東海豪雨を思い出した。

当夜、私は万一の時には避難所となる学校で、緊急配備についていた。緊急配備といっても、学校の設備財産を災害から守るためであり、避難所の開設、運営区役所、地域住民からなる学区災害対策本部の仕事であり。教員の職務とはなっていない。

(だから、何日泊まり込んでも、教員に代休は無い。現実には、避難所開設期間中は複数の教員が学校に泊まり込み、昼間は授業、夜は避難所のお世話という日々が続いた。これは結構肉体的にきつい。しかし制度上、その苦労に報いるための代休さえも与えられないというのは、不平一つ言わず働いてくれた彼らには申し訳なくて、つらい。)

避難所開設は学区住民が設置する災害対策本部の仕事。そこへ対応のために役所から係員が派遣される手はずになっている。しかし、橋桁を洗うほどの出水があっても、避難勧告が出ても、避難所には何の連絡も無かった。住民からの問い合わせの電話も殺到したが、何の情報もなく回答する術もなかった。停電でTV,FAX,PCは使えない。学校の近辺を回り初めて浸水の事実を知ったくらいだった。

役所は怠けていたのではない。人手が無く出来なかったのだ。

また、このような場合真っ先に動くはずの、消防団をはじめとした自主防災組織も機能しなかった。自分たち自身が被災し身動きがとれなかったのだ。
やむを得ず、教員の手で避難所を開設し、避難住民を収容した。備蓄の毛布と乾パンを配布する。たちまちストックの毛布が底を尽いた。

結局、自治体から係員が派遣され、災害対策本部から毛布や食料の追加が届いたのは避難所開設から21時間後の午後3時過ぎだった。

なぜ、そんなに遅れたのか。

自治体職員で市内に住んでいる職員はさほど多くない。多くは周辺都市に住んでいる。そのため、災害で交通が途絶し、参集出来なかったのだ。
午後3時に到着した職員は、隣接県にの自宅を早朝出発し、動いている交通機関を乗り継ぎ、時には歩き、やっと到着したという。

このような経験をふまえて考えると,「万一の時を考え,保安要員を庁舎の近くに住まわす」という、東京都のこのような方式は評価できる。

ただし、実効性を確保するために、年に数回訓練をするとともに、その参集率によって退去を考慮しても良いと思う。
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by taketombow | 2005-08-03 15:42 | ニースに接して  

アスベスト問題は「公害」?

 アスベストによる中皮腫の被害が深刻化している。実体が明らかになるにつれ、その被害は拡大していくだろう。

 これは労働災害でなく「公害」なのだ。

加害企業は口をそろえて言う。「法に基づいて生産した」「法令違反はない」確かにそうだろう。水俣病、イタイイタイ病、薬害エイズみなそうだった。当時法制度は甘かった。それを良いことに、各企業は利益確保に走った。「従業員、周辺住民の健康」などという発想は、最初からなかっただろう。危険に気付いた行政が、規制をかけようとすると、各企業・団体は「族議員」を使い骨抜きにしようとする。行政の担当者も、どうせ数年だけのポストだから、対立より協調を選択する。ごり押しをする議員に楯突いてそのポストを追われるより、言うことを聞いていた方が見返り(当然モノやカネではないが)は遙かに大きい。そのとき、「国民の安全」は彼らの頭の中にはない。

かくして、被害はいつも弱い者のところへ集中する。その補償を求めようにも、裁判での立証義務の壁は高くて、長い年月と費用が必要だ。

いつも泣くのは私たち国民だ。

でも、考えて欲しい。このような馬鹿な議員を選出したのも、利益誘導型の政治を実質的に支えているのも、他ならぬ私たち「国民」なのだ。

「この程度の国民に、この程度の政治

国民が一人一人が、政治の批評をし、公務員を血祭りに上げる前に、暗躍した政治家にももっと目を向けて欲しい。いい加減な政治家を選び、彼らに好き放題をさせていたのは、私たち有権者なのだ。
 あれほど批判を浴びながら、議員年金、議員退職金、定数不均衡など殆ど変わっていない。あれこれ言いながら変えようとしないではないか。
地方議会の政務調査費問題でもしかりだ。「使途を公開する」たったこれだけのことでもやろうとしていない。

それを私たちは放置している。

かれらの政策、国会での実際の投票行動をもっと吟味して選出するようになれば、世の中は確実に変わると思う。

口だけの批判では、世の中は変わらない。まして、棄権なんてもってのほかだ。
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by taketombow | 2005-07-25 15:24 | ニースに接して  

飲酒校長「諭旨免職」

 今年4月に酒気帯び運転で幼児をはねた東京葛飾区立中学校長を諭旨免職にすることに決めた。    日本教育新聞(7月11日)

 「懲戒免職」だと退職金は支払われない。しかし、諭旨免職なら支払われる。でも、これで良かったのだろうか。
 1 けがは軽かった(頭部にたんこぶのみ)
 2 被害者とは和解が成立している
 3 けがについては不起訴処分となった
 4 問題校の再生等、学校経営の手腕が高く評価されている
 5 前々任校のPTAや卒業生を中心に6000人以上の署名が集まった
等の事情によるものらしい。

もし、これが一般の会社員だったらどうだろうか。たぶん、即時に解雇となるだろう。もちろん、誰も署名活動もしてくれないだろう。処分が甘すぎるのではないだろうか。「経営手腕が高く評価され」るような校長だからこそ、やってはいけないことだったのだ。

「ノブレスオブリジエ」という言葉がある。

 以前に比し、教師の社会的地位は低くなっているとはいうものの、それなりに期待されている部分は多い。
 家族の問題、今後の生活の問題等々色々考えれば気の毒になることは多い。だからこそ、私たちは、自分の行動を自己規制しているのだ。その自己規制ができなかったのだから、「有能な校長」以前に「一人の教育者」としても「一社会人」としても、失格していたのだ。

 そのような校長に温情をかけることにより、「教師」への評価を下げることにならないか。
心配である。
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by taketombow | 2005-07-25 14:55 | ニースに接して  

中山文科相発言に思う

朝日11日夕刊
文科相、支持に「感銘」
福岡市での講演で「従軍慰安婦という言葉は当時存在しなかった」という自らの発言を支持するメールを読み上げた。・・・・。

発言の中身に関する評価はともかく、文科相という立場であのような発言をし、更にその上塗りをしている。指導要領、教育課程、ゆとり教育、総合学習についてもいろいろ発言しているが、どの程度理解した上で話しているのだろうか。信念が有っての「確信犯」ならともかく、何も理解していないのではないだろうか。彼の発言で右往左往させられる文部官僚、ひいては現場の教師たちが哀れでならない。
 近年希な「ミスキャスト」だ。彼に、良きブレーンはいないのか。
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by taketombow | 2005-07-11 18:11 | ニースに接して  

4才女児マンホール転落事件

6月6日京都のマンションのマンホールから、4歳女児死体で発見。

 当初は犯罪の可能性が憂慮されたが、事故ということで決着が付きそうだ。
気になるのは、転落の瞬間を同年齢の友達が見ていたらしいということだ。

 大人の感覚ならば、そのような重大なことを今まで黙っている筈がない。

でも、黙っていた。何故だろうか。
友達が中に落ちたことを、「大変なこと」として認識できなかったのだろうか。それとも、余りにも「大変なこと」だったので、恐ろしくて家の人にも言えなかったのだろうか。
 もし、そうだとしたら、その子はどんな気持ちでこの数日間を過ごしたのだろうか。

 心が痛む。
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by taketombow | 2005-06-07 20:32 | ニースに接して