カテゴリ:雑感( 114 )

 

医療の価値

 加齢とともに、年相応の症状に不自由を感じるようになってきた。

それで、医師の診察を受けるのだが、何か違う。

1 数年前、山行中に両膝の激痛に襲われた。這うようにして何とか帰宅し翌日受診したら、X線と触診問診で、「年のせいですよ」変形性膝関節症との診断。湿布薬、痛み止めの飲み薬と塗り薬を処方された。

2 先日来、日常的に耳詰まりが続き、鬱陶しく声が聞きづらいので耳鼻科を受診。2時間近く待った後、「聴力が落ちている。なぜ、もっと早く来なかった。」とお叱りを受け、いろいろな検査を受け薬を塗ったり、吸入の処置を受けた。しかし、耳詰まりは治らない。

1では、痛みよりも、どうしたら、山歩きを続けられるか、症状の進行を遅らせることができるのか。それを聞きたかった。先の見通しがあれば、一時的な痛みなら我慢できる。しかし、逆の処置は不安が募るだけだ。結局、山の仲間に聞いた経験談から、ダブルストック、サポートタイツで膝への負荷の軽減を図るとともに、足の筋肉強化トレーニングにより、山歩きを続けられるようになった。

2では、それ以来受診していない。定年退職、不慣れな新しい仕事への転身という身の回りの変化が一番の理由だ。しかし、2時間近くの待ち時間、数千円の自己負担、叱られるだけで自覚症状については何ら改善が見られない状態で、「まっ、いいか」という気分になっているのも事実だ。

 医師は医療の専門家だから、それぞれの病態について予後の見通しはついているだろう。加齢に伴う症状は効果的な治療法も少ないことも承知している。自動車なら、毎年車検の段階も過ぎてとうに廃車になっているような年齢だ。診療単価が安く改善の見込みがないのなら、口うるさい高齢者は通院を諦めさせた方が、経営的にはプラスだろう。

 しかし、少しでもQOLを改善しようと通院する身にとって、それは悲しい。

 医療の価値とは、病気やけがを治すことにあるのは勿論だが、それに伴う、様々な不都合を少しでも軽減することにもある。
[PR]

by taketombow | 2010-05-21 10:07 | 雑感  

もう一つの買い物

 これも買ってしまった。
代金は900円。今のところ使い道はない。

勿論、使おうと思えば使える。
コネクターを取り替えるだけだ。昔、多くの家がそうであったように、玄関に鎮座させようと思ったが、家人に酷く不評なのだ。頑丈だが、とにかく重い。要するに、狭い玄関には邪魔なのだ。
d0054692_9515137.jpg


 子どもの頃、親の留守を見計らって、思い切って電話をしたとき、心弾ませ電話を待っていたとき、じっと眺めていたのはこの黒電話だった様な気がする。

 黒い受話器が吐く息で白く曇る。手の汗で、じっとりと濡れる。

そんな時代をこの黒電話とともに過ごした。
[PR]

by taketombow | 2010-05-20 09:56 | 雑感  

さて、どうしたものか?

d0054692_103533.jpg
退職後、なるべく歩いたり自転車を使ったりして、運動量を増やすように心がけている。
 先日も、図書館へ行った帰りに、時間があったのでパス停を2つ分歩いた。それでもまだ時間が余ったので、そばのリサイクルショップに入ったら、古いレコードが山積みしてあった。

 中を探してみたら、有った、有った。学生時代に欲しくても中々買えなかったシングルレコードが。
 全てCD化されたものを持ってはいるが、アナログにはCDには無いアナログ独特の良さがある。レコード盤に針を下ろし音が出るまでの胸がときめく期待感、スピーカーから聞こえるくるパチパチというスクラッチノイズ。今となっては何もかもが懐かしい。

 後先のことも考えず気に入ったものを全て買ってしまった。
 どれもさほど高価でもなく、それほどの出費ではなかったが、1つだけ根本的な問題があった。

 我が家には、もう何十年もの間、レコードプレーヤーというものが無いのだ。

 将来、テレビを地デジ対応に買い換えるとき、ついでにホームシアターにしようかなと思っている。そのときに、プレーヤーも揃えようかと。

 それまではジャケット写真を眺めるだけで我慢する。ジャケットの写真を眺めるだけで、頭の中に当時の音楽が流れ、甘酸っぱくもほろ苦いあの頃が蘇ってくる。

 敢えて、プレーヤーを入手せず、こうして眺めているだけというのも、気が利いた楽しみ方かもしれない。
[PR]

by taketombow | 2010-05-19 11:46 | 雑感  

夢は逃げない

先ほど、ミュージシャンの佐藤竹善さんがtwitterへ書き込んだのを読んで、共感したのでRetweetした。

 そのことば。

「夢は逃げない。逃げてしまうのは自分なんです。」
 田中トシオ(1992年世界理美容選手権グランドスラムチャンピオン)

うん、そうかもしれない。

 思えば、獲得できた夢もあるが、手に入れられなかった夢もある。人生は一つしかないし、手は二本しかない。全ての夢は掴みきれないので、無意識のうちに自分で取捨したものもあるだろう。
 それらを含めて、今の自分があるのだな。


Twitpic Tweetdeck等Twitterのアプリケーションは、便利なものが数多くあるようだが、使い方が今ひとつ分からない。

 しかし、これはかなり面白い世界だ。

Twitterへの書き込みを見る限り、鳩山、原口等をはじめとする現世代の政治家たちは、野党の自民党を含めて、愚直で、情報発信に意欲的だ(ただし、聞く耳はほとんど持っていないようだが)。

「情報は発信するところに集まる」
[PR]

by taketombow | 2010-05-16 19:00 | 雑感  

「もう」就活?「まだまだ」就活?

d0054692_8154931.jpg

 先日、仙台で見かけた光景。
 
 まだ吹く風が小寒い4月中旬。JR仙台駅前には歩行者通路と広場を兼ねた空中デッキがある(ペデストリアンデッキと呼ぶそうだ)。
 そこのベンチにリクルート姿の娘さんが腰掛けて何やら考え事をしている。時刻はまだ朝9時を過ぎたばかりだ。横には旅行用のカート。折りじわが沢山ある東北地方の地図をじっと眺めている。そこにマーカーペンで赤く太いラインが引いてある。そして、あちこちにボールペンで日付等が書き込まれている。
 リクルート活動で各地をずうっと回っているのだろうか。まだ決まらなかった4年生か、これから就活が始まる学生かは分からない。

 昨今の厳しい経済状況の中、就職戦線は過酷だ。努力が必ずしも報われる訳ではない。徒労に終わることの方が多いかもしれない。しかし、努力なしでは、スタートラインにつくことも、その参加資格を得ることすらできない。

 頑張れ!!挫けるな!! 諦めたら、そこがゴールになってしまう!心の中でそっとエールを送りつつ傍らを通り過ぎた。
[PR]

by taketombow | 2010-05-15 08:26 | 雑感  

定年退職の日

 この3月31日付で定年退職した。

 いつもと同じ五時半に起床し、7時のバスに乗る。そして地下鉄を2回乗り継ぎ再びバス。
 一つ手前で降りて職場までゆっくり歩き、8時少し前に自分の部屋に入る。

既に私物は殆ど運び帰り、部屋は後任の着任を待つばかりになっている。
固く絞った雑巾で、机上や引き出しを改めて水拭きし机に向かって見る。

 せめて最後の日くらいは「仕事を軽く切り上げ早めに帰宅」を目論んでいたが、そうは問屋が卸さない。何があっても、本日の24時までは私が責任を持つことになる。
 教頭が持ってくる最新の児童数をチェックする。
 よかった、このままでいけば、予定通り学級数で新年度はスタートできそうだと、安堵する。次に教務・校務も交え、教室配置、年間計画、担任配当、仕事の分掌等々、既に確定したことを淡々と再確認し、微修正していく。
 そうこうしている間に昼となったが、食べに行く時間はないので昼食は諦め、市の公館へ向かう。

 ここで、午後から退職辞令の交付式がある。市の賓客を迎えレセプション等の公的な接遇に使う施設だ。今日はここで教育委員長から一人一人にねぎらいのことばとともに退職辞令を戴いた。
 その後、再び職場に戻ったら、来客が二人。そのうちのお一人はnaritaさんだった。わざわざ私の職場まで来ていただき、温かい言葉と素敵な花束をいただいた。その心遣いが実にうれしい。

 あれやこれやで、職場を後にしたのは5時を少し回ってからだった。多くの職員がこの時間まで残って送り出したくれた。



 37年間、決して楽ではなかったが、やり甲斐があり、確かな手応えがある仕事だった。
そして、妻をはじめ家族の理解がなければ決して続けられない仕事でもあった。

幸い、家族に恵まれ、どの職場でも、同僚、上司、部下に恵まれて今日まで働く事ができた。
ただただ、感謝、感謝、感謝。
[PR]

by taketombow | 2010-03-31 23:19 | 雑感  

バスの車中で

 先日、仕事帰りに乗ったバスでのこと。

私の後ろのに座っているのは、若い母親と小さな女の子のようだ。
女の子は幼稚園の年長組か小学校低学年くらいの年頃だ。
女の子はあれこれといろいろ母親に話しかけている。

女の子の言葉の一つ一つに「うん」「そうね」など適当に相ずちを打っている。やがて話題が変わって女の子が母親に問いかけた。
「ねえママ、風船の一番のお友達は誰だか分かる?」
「うん」
「・・・・・・・」
母親はどんな返事をするのかなと聞き耳を立てたが、返事はない。
やがて、女の子はしびれを切らしたように自分で答えを言い出した。
「それはねえ。それはお空なの。だから手をはなすと空へ行ってしまうんだよ」

なんて素晴らしい発想をする子どもだろうか、そしてこの言葉を受けて母親は何と返すのだろうかと、母親の次の言葉を待ったが「うん」と言う言葉以外は無かった。

そのうち女の子は話すのを諦めたのか、黙り込んでしまった。

どうしたのかなと、そっと後ろの様子をうかがうと、母親は携帯の画面を見つめ、せわしなく指を動かしていた。

「なるほど! あなたは素晴らしいことに気付いたね」
「雲さんもお友達かも知れないね」

などと、母親が言葉を返したら、この会話はどう展開していったのだろうか。
私は、それを聞きたかった。
[PR]

by taketombow | 2009-12-30 00:36 | 雑感  

「二人の世界」

またまた、YouTube ネタだ。

「二人の世界」という歌がある。真っ先に頭に浮かぶのは、石原裕次郎の曲。カラオケ等へ行くと必ずこれをリクエストし、女性にデュエットを強いるおじさまがいる、デュエットの定番ソングの一つでもある。

先日見つけたのは、もう一つの「二人の世界」。
竹脇無我と栗原小巻が出演した同名のテレビドラマ(この頃はまだ白黒放送だったかな?)の主題歌だ。

歌詞が実に良い。
d0054692_21302475.jpg


YouTube上のこの曲に寄せられたコメントに、このような一節があった。

ほんとに  歌詞が素敵ですね
今時の曲のように 英語のフレーズを多用せずとも  こんなにも  恋心は  切なく美しく 表現できるんですね



曲のイメージとはずれた画像が残念だが、曲そのものは十分堪能できる。

歌手自身が唄う映像はこれ。

やや力み気味で、曲も短縮版となっている。

淡く、青く、そして切ない恋心。そんな時代はだれにもあったはず。青春、だれもが詩人であり、歌人であった。

Moreそこで、日本語を考える本を幾つか読み漁ってみた。
[PR]

by taketombow | 2009-11-29 22:01 | 雑感  

終わるわけにはいかないのだ!

 今、本業で課題が山積し、気が重く、このブログも中々更新するという気分になれない。

各エントリーへせっかく頂いたのコメントにも、コメントバックはできないままになっている。

また、自分の気持ちにゆとりのないまま文章を書くと、痛烈な批判や皮肉に満ちた嫌な文しか書けないような気がするので、自重している面もある。

明日までに仕上げる書類も金曜日に自宅へ持ち帰ったが、遅々として進まない。


これは、気分転換に彷徨ったネットで、先程拾った写真。

担当者の「単純ミス」なのだが、たかが「単純ミス」だと笑い飛ばしきれない現在の社会情勢と、私の気分が気懸りだ。
d0054692_1423830.jpg


今終わって貰っては困るのだ!!

※ 先程、知人が廃業したという便りが届いた。今年になってから何件目になるのだろう。
 工場・事務所と自宅も兼ねていたから、家と、仕事を同時に失った。これからどうやって生きていくのだろうか。年齢で言えば私の父母に当たる世代だ。もう再起を期す時間は残っていない。豪邸暮らしから一転、公共住宅暮らしとなった落差に、彼らの心は耐えられるだろうか。彼らの家族は、多くの従業員とその家族の生活はどうなるのだろうか?
 その私もそろそろ定年。人の事を心配しているゆとりも実はないのだが。
[PR]

by taketombow | 2009-11-08 14:24 | 雑感  

TRY TO REMEMBER

 急に寒くなって、夜間は素足だと寒く感じるようになった。
酒もビールよりも燗酒が合うようになってきた。

 焼いたギンナンの殻を剥きながら、チビリチビリとやっていたら、いつの間にか口ずさんでいたのがこの歌。

「TRY TO REMEMBER」 The Brothers Four

もともとは、オフ・ブロードウェイ・ミュージカル「ファンタスティック」の挿入歌でハリー・ベラフォンテの歌で有名になった曲。後に、フォークグループ、ブラザース・フォアの歌で日本にでもポピュラーな曲となった。

この曲は、中国・香港・台湾・韓国で放送された人気テレビドラマ「Silence」のバックに流されたものらしい。

歌っているのはブラザーズ・フォー、音源は昔のもの。このグループは現在も活動しており、毎年来日している。だが、今ではテンポが余りにもゆっくり過ぎ、昔の曲とは全く別物になってしまっている。


Try to Remember

Try to remember the kind of September
When life was slow and oh so mellow 
Try to remember the kind of September 
When grass was green and grain was yellow 
Try to remember the kind of September 
When you were a young and callow fellow 
Try to remember and if you remember 
Then follow, follow, follow…  

Try to remember when life was so tender 
that no one wept except the willow 
Try to remember when life was so tender 
And dreams were kept beside your pillow 
Try to remember when life was so tender 
When love was an ember about to billow 
Try to remember and if you remember  
Then follow… follow…  


Deep in December it's nice to remember  
Although you know the snow will follow  
Deep in December, it's nice to remember 
Without a hurt, the heart is hollow 
Deep in December, it's nice to remember 
The fire of September, that made us mellow 
Deep in December our hearts should remember 
And follow… follow…  

私の好きな香港のB級映画「玻璃の城」は、全編にわたりこの歌がバックに流れる。70年代の大学紛争から、香港返還前後の喧噪。父と息子、母と娘、2世代にわたる恋愛もの。時代の大きな節目、大学紛争を経験した団塊の世代には、自分の半生と重なり、いつの間にか感情移入できるかもしれない。

 女優のスー・チーもちょっと良い。
[PR]

by taketombow | 2009-10-06 23:38 | 雑感