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山に関する小話

どっかから転載

最後まで読んで、思わず「くすっ」と笑ってしまった。
でっ、長男はどうなったんだろう?

三男と同じでは面白くないが・・・
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by taketombow | 2005-07-31 01:28 | 私の山歩き  

山へのなれそめ

私が山を好きになったのは,大学時代サークルへ入ってからだ。山岳部でもワンゲルでもない。そこら辺をハイキング程度に歩き回るだけだったが,結構楽しかった。御在所岳近辺は,トレーニング山行と称して幾度と無く入山した。初めて山らしい山に挑んだのは,南アルプス赤石岳~聖岳の縦走だ。山のスケールの大きさには圧倒されたものだ。それ以来,取り憑かれたまま三十数年が経つ。長い年月の間に,南北アルプスの山々は環境が整備され登りやすくなった。特にアプローチの短縮は画期的だ。反面,鈴鹿等都市近郊の山々は,日帰り客が増え山小屋の経営が成り立たなくなり,廃業する山小屋が増えている。それとともに,山道も荒れてきている。寂しい限りだ。
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by taketombow | 2005-07-27 16:26 | 私の山歩き  

登山道の管理は?

 御在所岳「一ノ谷新道」の荒廃について、CBCのWEBを通じて「山小屋カレー」プロデューサーである大薗アナウンサーへメールを送った。「個々に回答はしない」とのことだったったので、その後、三重県菰野町観光協会にも電話してみた。

まず、「登山道の管理責任はどこか」と質問したところ、「無い」とのことだった。電話口に出た女性の方は、「上司は不在」とおっしゃってたので、正式な回答ではないかもしれない。でも、多分こんなものだろうと思う。

わたしは、アウトドアーに限定せず、自然を舞台とする全ての活動は、自己責任だと思っている。

 しかし、御在所岳のように、登山口まで道路が通っており、ロープウェイも通じている山の場合は、そうとばかりは言えない面もあると考える。昨今のように高齢者登山が盛んになると、地図を片手の初心者も数多く殺到する。登山装備が不十分な登山者は問題外だが、このようにアプローチが容易な山は、地図を片手に初めて挑戦する登山者でも、一般的な注意を持って歩けば、登頂(下山)できるように整備すべきだと思う。

さて、管理責任の所在に話を戻そう。町や県が観光の宣伝をしておりその素晴らしさを盛んにアピールしている。これは、どの観光地でもそうだ。そこへ、一般的な日帰り登山の装備をした登山者が標準的な注意を持って登山し、ルートの荒廃のため遭難した場合、100%登山者が悪いと言い切れるだろうか。

 ルートが不備なら不備と注意を促したり、補修をしたりする責務はないのだろうか。

その責務をどこが負うべきか、明確なルール作りが必要だと思う。

「もし、必要ならお手伝いさせて頂きたい」と申し出たが、町役場の観光課、もしくは御在所ロープウェイ(株)に連絡し、補修の手配をするとのお答えを戴き、「お手伝い」の件は丁重なおことわりを戴いた。

地元ばかりでなく、登山者も何らかの形で登山道の維持に参加すべき時代がきていると思う。

なお、御在所は「鈴鹿国定公園」に指定されており、許可無く区域内の動植物を採取したり、自然を改変することはできない。倒木一つ無許可では撤去できないはずだ。

何か良い考えのある方は、是非菰野町観光協会か菰野町観光課へ働きかけて欲しい。私たちの声が、行政を動かすこともある。

菰野町観光協会 0593-94-0050
菰野町観光課  0593-91-1111
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by taketombow | 2005-07-26 21:22 | 私の山歩き  

アスベスト問題は「公害」?

 アスベストによる中皮腫の被害が深刻化している。実体が明らかになるにつれ、その被害は拡大していくだろう。

 これは労働災害でなく「公害」なのだ。

加害企業は口をそろえて言う。「法に基づいて生産した」「法令違反はない」確かにそうだろう。水俣病、イタイイタイ病、薬害エイズみなそうだった。当時法制度は甘かった。それを良いことに、各企業は利益確保に走った。「従業員、周辺住民の健康」などという発想は、最初からなかっただろう。危険に気付いた行政が、規制をかけようとすると、各企業・団体は「族議員」を使い骨抜きにしようとする。行政の担当者も、どうせ数年だけのポストだから、対立より協調を選択する。ごり押しをする議員に楯突いてそのポストを追われるより、言うことを聞いていた方が見返り(当然モノやカネではないが)は遙かに大きい。そのとき、「国民の安全」は彼らの頭の中にはない。

かくして、被害はいつも弱い者のところへ集中する。その補償を求めようにも、裁判での立証義務の壁は高くて、長い年月と費用が必要だ。

いつも泣くのは私たち国民だ。

でも、考えて欲しい。このような馬鹿な議員を選出したのも、利益誘導型の政治を実質的に支えているのも、他ならぬ私たち「国民」なのだ。

「この程度の国民に、この程度の政治

国民が一人一人が、政治の批評をし、公務員を血祭りに上げる前に、暗躍した政治家にももっと目を向けて欲しい。いい加減な政治家を選び、彼らに好き放題をさせていたのは、私たち有権者なのだ。
 あれほど批判を浴びながら、議員年金、議員退職金、定数不均衡など殆ど変わっていない。あれこれ言いながら変えようとしないではないか。
地方議会の政務調査費問題でもしかりだ。「使途を公開する」たったこれだけのことでもやろうとしていない。

それを私たちは放置している。

かれらの政策、国会での実際の投票行動をもっと吟味して選出するようになれば、世の中は確実に変わると思う。

口だけの批判では、世の中は変わらない。まして、棄権なんてもってのほかだ。
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by taketombow | 2005-07-25 15:24 | ニースに接して  

飲酒校長「諭旨免職」

 今年4月に酒気帯び運転で幼児をはねた東京葛飾区立中学校長を諭旨免職にすることに決めた。    日本教育新聞(7月11日)

 「懲戒免職」だと退職金は支払われない。しかし、諭旨免職なら支払われる。でも、これで良かったのだろうか。
 1 けがは軽かった(頭部にたんこぶのみ)
 2 被害者とは和解が成立している
 3 けがについては不起訴処分となった
 4 問題校の再生等、学校経営の手腕が高く評価されている
 5 前々任校のPTAや卒業生を中心に6000人以上の署名が集まった
等の事情によるものらしい。

もし、これが一般の会社員だったらどうだろうか。たぶん、即時に解雇となるだろう。もちろん、誰も署名活動もしてくれないだろう。処分が甘すぎるのではないだろうか。「経営手腕が高く評価され」るような校長だからこそ、やってはいけないことだったのだ。

「ノブレスオブリジエ」という言葉がある。

 以前に比し、教師の社会的地位は低くなっているとはいうものの、それなりに期待されている部分は多い。
 家族の問題、今後の生活の問題等々色々考えれば気の毒になることは多い。だからこそ、私たちは、自分の行動を自己規制しているのだ。その自己規制ができなかったのだから、「有能な校長」以前に「一人の教育者」としても「一社会人」としても、失格していたのだ。

 そのような校長に温情をかけることにより、「教師」への評価を下げることにならないか。
心配である。
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by taketombow | 2005-07-25 14:55 | ニースに接して  

学校でこそできることは、なんだろうか

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里見 実 著
ISBN: 4811807162 太郎次郎社エディタス ・刊
定価 2,520(税込)円


 冒頭に福沢諭吉の「学問ノススメ」の一節を引用し読み説く。
「天ハ人ノ上ニ人ヲ作ラズ人ノ下ニ人ヲ作ラズ・・」人間の平等を唱ったものととらえられていたこの書を、作者は社会的不平等を正当化するものとしての見方もあることを指摘する。「本来平等であるはずの人間に格差が生まれるのは、学ぶ者と学ばないものとがあるからだ」という部分に学歴による差別を正当化する考えが伺えると。「学力」「学ぶ力」「教育」これらの意味を再び問い返し、現在の学校の果たす機能と限界を具体的に示すことをねらっている。しかし、一冊の書物の中に詰め込む内容を欲張りすぎたようで言いたいことが明確に伝わってこない。様々な教育論、教育実践等が紹介されており、作者が伝えたいそのイメージはなんとなく分かる。でも、この書名にある「学校でこそできることは、なんだろうか」に対する答えはとうとう見つからないまま読了した。
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by taketombow | 2005-07-25 13:34 | 私の本棚から  

てんかん革命―「難治てんかん」に挑む脳外科医と母たち

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大脇 游 (著)
ISBN: 4259546597   家の光協会・刊
定価(1890+TAX)円

 「てんかん」という病気への見方を根本から変える本だ。難治性てんかんの子をもつ著者がその教育・療育をめぐり、周囲の偏見と闘いながら外科的治療法に辿り着いていく。
 従来、「てんかん」は精神病と考えられていた。脳の上に発生する神経的けいれん、それを繰り返す度に脳は大きなダメージを受けていく。それを、脳梁離断、MSTという外科的手法により解決していくというのだ。
 精神・神経的領域への外科的手法というと、悪名高き「ロボトミー」手術がある。その社会的後遺症もあり、精神神経領域での治療は、長い間薬物療法が中心だった。その流れの中で、外科的治療に取り組んできたのが清水弘之医師らである。その歩みの困難さは相当なものだったと思う。
 この本に敢えて苦言を呈するとしたら、「難治性てんかん」に対して手術療法があたかも、万能のような描き方をしていることだ。もちろん、失敗例、マスコミの批判とうについても触れられているが、全体的にそのような印象をうけてしまう。
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by taketombow | 2005-07-25 10:41 | 私の本棚から  

一ノ谷新道が荒れている

御在所岳の一ノ谷新道が荒れている。

先日CBC-TV(中部日本放送)の「山小屋カレー」で紹介された「御在所山の家」の脇を通っているルートである。

最近では、7月10日と7月24日に通ったが、更にひどくなったようだ。そのせいか登山者の数も少ない。
これは二つの点で心配である。

1 登山者の安全
  登山道が荒れたことにより、登山者の安全が脅かされる。登りはともかく、下山に使用すると、不案内な人はルートを失うかも知れない。中高年の登山者が増えている昨今、特に憂慮される。

2 山小屋(御在所山の家)の主人の安全
  一ノ谷新道は山小屋の脇を通っている。そのため、ここを通ると、高齢で一人住まいのご主人の、ご無事が分かる。大きな音でテレビを点けて室内を清掃している姿を拝見すると、安心できるのだ。長い間お世話になった登山者が、今度はご主人を見守ることができるのである。このルートが廃道になると、それも叶わなくなる。

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中間地点の倒木による崩壊現場。下から見たところ。

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そのすぐ近くの別の倒木現場。

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「御在所山の家」取水位置直下の倒木。これも登山道を塞いでいる。登山道の入り口に当たるため、これで恐れをなして他の登山道へ回ってしまうのかもしれない。

従来、山では登山道の整備は山小屋の主人がボランティアでやってきた。しかし、それはそれなりの利用者(山小屋の)があり、収益があってのこと。この小屋のご主人にそれを望むのは酷であろう。

何とかしたいものだ。国定公園でもあるので、一般の登山者が勝手に手を加えることの是非も分からない。私は、何の技術もないが、歩くことと荷物を運ぶことくらいはできる。登山道整備のために何かできることがあったら教えて欲しい。

今、台風が接近している、通過後更に登山道は荒れることだろう。

追記(9月20日)
9月4日と18日の2回、「一ノ谷新道」を歩いてきた。そして、見事に修復されていることを確認した。関係者の皆さんの迅速な対応に感謝したい。
 また、このBLOGを見て関係機関へ働きかけてくださった方々感謝、感謝である。修復後の映像は別の投稿(9/19)に貼り付けてある。
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by taketombow | 2005-07-24 09:40 | 私の山歩き  

千の風にのって

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新井 満 著
ISBN:4062121247 講談社・刊
価格:(1,000+TAX)円


 先日、偶然手に取った本。心に残る次のような詩が載っている。
それと、15枚の美しい写真。

人はいつか死ぬ。愛する人とも、大切な人ともいつかは別れの時がくる。しかし、死んだのではない、風、雪、鳥、星、光になっていつも身近で見守っていてくれる。そう考えたとき、心は少し楽になり、大切なものをなくした悲しみが少し癒される。



a thousand winds
Authorr Unknown

Do not stand at my grave and weep;
I am not there, do not sleep.

I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumnls rain.

When you awaken in the morning's hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.

Do not stand at ray grave and cry;
I am not there,I did not die.


 千の風になって

  私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
       千の風に 千の風になって
   あの大きな空を 吹きわたっています

  秋には光になって 畑にふりそそぐ
 冬はダイヤのように きらめく雪になる
   朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
   夜は星になって あなたを見守る

  私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
       千の風に 千の風になって
   あの大きな空を 吹きわたっています

       千の風に 千の風になって
   あの大きな空を 吹きわたっています

  あの大きな空を 吹きわたっています

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by taketombow | 2005-07-19 16:59 | 私の本棚から  

ツユクサ

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何処ででも見かける花だが、ツユクサは好きだ。あの鮮やかな花弁の色が良い。「青紫」とでも言うのだろうか。あの抜けるようで透き通った青は他の色にはない。花は早朝に開花し、昼前に閉じる。天候が悪いと開かないようだ。太陽の光に左右されるのだろうか。
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by taketombow | 2005-07-17 14:32 | 私の山歩き